「2025年エンタメ文学BEST5」書評家・細谷正充 編 今村翔吾の時代小説からヘヴィーなライトノベルまで

「2025年エンタメ文学BEST5」(細谷正充)

1『イクサガミ 神』今村翔吾(講談社文庫)
2『エレガンス』石川智健(河出書房新社)
3『火星の女王』小川哲(早川書房)
4『マッドのイカれた青春』実石沙枝子(祥伝社)
5『汝、暗君を愛せよ』本条謙太郎(ドリコム)

 1は、時代エンターテインメントの完結篇。全世界的な評判を呼んだ、ネットフリックスのドラマの原作として、ご存じの人も多いだろう。明治十一年を舞台に、「こどく」という名のデスゲームの旅が描かれる。主人公はゲームに参加した、京八流という特殊な流派の使い手である嵯峨愁二郎。やはりある理由からゲームの参加者になった十二歳の少女・香月双葉を見捨てることが出来ず、手を携えて京都から東京を目指す。参加者に殺し合いを強いるゲームのルールが秀逸。登場人物も多彩であり、さまざまなアクションが堪能できた。ゲームの黒幕と、その目的も考えられている。全四巻、最初から最後まで、ノンストップのストーリーに夢中になった。時代もの独自の面白さが、横溢しているのだ。

 2は、戦時下の東京を舞台にしたミステリー。今年も多数の優れたミステリーが刊行されたが、理不尽な権力に抵抗する意味という真摯なテーマと、それを表現する手法を高く評価して、この作品を選んだ。警視庁警務部の写真室所属の石川光陽。科学捜査の発展に大きく寄与した吉川澄一。ふたりの実在人物がコンビとなり、自殺に見えた洋装女性の連続不審死を追う。このふたりを始めとする登場人物の設定や、捜査の過程で見る戦時下の諸相、そして事件の真相まで、すべてがテーマに直結している。さらに石川は東京大空襲の実態をカメラで写す。文体まで変えて描かれた地獄絵図は、鬼気迫るものがあった。どうしてもこれを書かねばならないという、作者の高き志が伝わってくる作品なのだ。

 3は、小川哲のSF長篇。火星ではありふれた物質であるスピラミンに、生物学者のリキ・カワナベが新たな結晶変化を発見したことから起こる騒動。火星生まれの学生で、地球に観光に行こうとしたところを、何者かに誘拐されてしまうリリー1102。自治警察で働き、リリーの行方を追うマル。地球の種子島にいる、リリーの知り合いの白石アオト。この四人を中心に、地球との関係が悪く、幾つもの問題を抱えている火星の社会の姿が綴られていく。ストーリーが進行すると、火星の地球からの独立という大騒動にまで発展。作者の描き出す火星は、人間たちの打算と思惑に塗れている。それでもラストには希望がある。細部まで緻密に構築されたSFであり、同時に優れた人間ドラマになっているのだ。

 4は、新鋭の青春小説。県立高校に通う、槙島朱里ダイアナ(通称マッド)は、圧倒的な美貌の持ち主だ。しかしそれゆえに、勝手な憧れを抱かれたり、嫉妬や反感を買ったりする。本書は、そんなマッドと、その周囲にいる男女(主に同級生)の物語だ。テーマはルッキズムであり、さまざまな少年少女の物語を通じて、ルッキズムの問題が掘り下げられていく。作者はテーマと真剣に取り組んでいるが、物語を過度に深刻にすることはない。若者たちはマッドとの関係を通じて、自らの揺れ動く心と向き合う。またラストではストーリーを動かす役割のマッドに焦点を合わせ、彼女を前向きにさせる。現代的なテーマを鮮やかに表現した秀作なのだ。

 5は、ネットの小説投稿サイト発のライトノベルである。しかし内容はヘヴィーだ。造園会社のお飾り社長の主人公は、発作的に自殺したことで、異世界の大国サンテネリ王国の若き国王、グロワス13世に転移。しかし状況は最悪だ。先代の戦争によって軍はボロボロ。王国は巨額の赤字財政を抱えている。主人公が転移する前のグロワス13世の、理想先行の無茶な政策により、能力のある重臣の心は離れている。さらにそんな王国に、列強も干渉しようとしていた。異世界転移により現実よりも絶望的な立場になった主人公が、自らを〝暗君〟と思いながら、生き延びるために必死に足掻き続ける。その様子を作者は、重厚な筆致で描いているのである。読みごたえは抜群だ。

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