ラーメン一杯いくらが正解なのか? 二極化・三極化するラーメン店、それぞれの戦略
ラーメン店の倒産件数が、2024年に57件(東京商工リサーチ調べ)と過去最多を更新。果たして今はラーメン店にとって冬の時代なのか? 10月22日に刊行された本書『ラーメン一杯いくらが正解なのか』(ハヤカワ新書)は、物価高で価格設定に苦しむ店舗も多いラーメンの行く末を考えるべく、ラーメンライター・井手隊長が個人経営の店から家系・二郎系・チェーン店、さらにはカップ麺などの市販品までを網羅して取材。大衆食であるラーメンに1000円以上は出しにくいという「1000円の壁」が崩れつつある中での、ラーメン業界の現状と展望を解説した一冊である。
ラーメンの価格戦略の二極化
これまでも主にネット上で、ラーメンが値上り傾向にあることの是非は議論されてきた。だが著者はラーメンの平均価格が665円(総務省統計局『小売物価統計調査(2024年1月)』より)であり、全体的にはまだ安いのだと指摘。今は低価格のチェーン店と高級店、その中間となる町のラーメン店の二極化・三極化へのスタート段階にあるという、新たな視点を読者に提示する。
では、何が各業態の価値や価格を決めるのか? ラーメン1杯に掛かるコストを見てみると、麺は小麦を国産か外国産にするか製麺所の物か自家製にするかを選択し、スープは鶏や乾物など厳選素材を使用して数時間から長ければ数十時間かけて炊き、具材は工夫を凝らしたチャーシューや味玉を用意するなど、お客さんに出すまでの手間ひまに際限はない。さらに材料費に加えて家賃・水道光熱費・人件費も高騰している現在、どんぶり勘定では当然立ち行かなくなる。
職人の技術にも価値があることを伝えたいという意思のもと、2021年に690円で提供していたラーメンを2022年に850円、2023年末には1100円に値上げした「博多ラーメン でぶちゃん」。客席の回転を重視し1日200杯をしっかり売ることで、原価率50%という牡蛎塩ラーメンを800円(2024年11月時点)で提供する「無冠 阿佐ヶ谷」など、個人店では店主のラーメン観も価格戦略に影響を与えている様子が、著者による取材から見て取れる。一方でチェーン店に目を向けてみると、1都6県で455店舗(2025年2月期)を構える「熱烈中華食堂 日高屋」では、2002年のオープン当初から20年以上にわたり中華そば1杯390円を維持(2024年12月に420円へ値上げ)。看板商品で普遍的な安さを売りにしつつ、豊富なメニューで食事客と飲み客の両方を取り込み、安定した客単価を保っている。
ラーメン業界の挑戦
物価高に並ぶラーメン業界の課題として、本書では人手不足や事業承継についても触れられている。持ち物件で家族経営の多い町中華では、家業として子供に継がせるメリットが無ければ、自分の代で店を閉めてしまう場合も少なくない。こうした廃れ行く可能性もある町中華の文化を継承しようと、「大阪王将」などを展開しているイートアンドグループの株式会社一品香では、町中華の自社ブランドを立ち上げて店をオープン。それが予想以上の反響だったことから、当初予定にはなかった多店舗展開を進めている。地域全体で、ラーメン文化を次代につなげようとするケースもある。ラーメン店の閉店ラッシュが続く福島県の喜多方市では、2024年にインバウンド向けの進化版喜多方ラーメン「SUGOI」を開発。3000円という値段も相まって話題となった。会津牛をトッピングに使ったこのラーメンは国産・地元産の材料にこだわり、ラーメン店だけでなく地域の生産者やかつての活況を知らない若者たちと喜多方を盛り上げることを目指した、地元密着型の一杯でもある。
ラーメンの高価格化については、薄利多売のビジネスモデルからの脱却という側面も本書で浮かび上がる。住所非公開・完全予約制で、ラーメンをメインとした7700円のコース料理を提供する「純麦」。行列待ちを解消するため予約制となり、つけめんの価格を2000円に改定する代わりに、お食事枠を60分にしてゆっくりラーメンを楽しめる店へと進化した「中華蕎麦とみ田」。いずれも単に高級志向の層をターゲットにしているだけと、片付けることはできない。店で過ごす体験そのものに価値を見出してもらい、しっかりとした客単価で営業を成り立たせるという、新たなビジネスモデルへの挑戦と見るべきなのだ。
今やラーメン店にとってライバルとなるのは、同業種だけではない。カップ麺や冷凍麺は有名店監修のもとで高価格かつ高クオリティの商品が増え、自宅でもお店レベルに近いラーメンを食べられるようになった。だからこそ著者は「でぶちゃん」の店主も掲げていた、職人の技術の価値が今後重要になるとして、こう記す。〈ガスは誰でも使えても、豚骨の炊き方は我々素人にはわからない。ラーメン職人のその技術にもっと光を当てていきたい。店主が目の前で作ってくれる至高の一杯をいただくというのは、実際のお店でしか実現できない。お客さんにはその価値を忘れて欲しくない〉。
本書はそんなラーメン職人たちの技術と、多様化するラーメンの魅力を紹介したガイドとしても読み応え十分。冬の時代ならぬ変革期を体感しようと、ラーメンを食べに外へ出かけたくなる。
■書誌情報
『ラーメン一杯いくらが正解なのか』
著者:井手隊長
価格:1,386円
発売日:2025年10月22日
出版社:早川書房
レーベル:ハヤカワ新書