ミシマ社・三島邦弘が考える、編集者を突き動かす原動力 本作りに必要な「おもしろマグマ」とは?
あなたは「本」と聞いて、どのような形の“物”を思い浮かべるだろうか。おそらくは、現時点においては、まだ「紙の本」をイメージする人の方が多いのではないかと思うが、5年後、10年後には、「本」=「電子書籍」だと考えている人の方が多くなっているかもしれない。
むろん、その利点や魅力を考えれば、紙の本がいますぐ絶滅することは考えにくいが、実は現在あるような形の紙の本の歴史はそれほど長いものではなく(かといって、短いものでもないが……)、たとえば、グーテンベルクの活版印刷の発明(1450年頃)以前は、手書きの「写本」か、木版を用いた書物が主流であった(これらは現在の本のような大量生産は難しい)。さらにそれ以前は、粘土板、石板、竹簡、絹布、羊皮紙、パピルスなどに、人々はデータ(情報、思想、物語など)を記録してきたのである。
つまり、「本」というものは、時代や地域によって、あるいは、求める人々の数や技術の進化によって、常に形を変化させてきたメディアであり、ある意味では、紙の本が電子書籍(もしくは別の何か)にとって変わられようとしている現状は、自然な流れだという見方もできるのだ。
なぜ紙の本の値段が上がっているのか
ちなみに、いま私が述べたのは、“紙か、電子か”という、あくまでも「器」の問題であり(個人的な理想をいわせていただければ、両者は「共存」の道を探ってほしいと思っているが)、こと経済面に目を向けた場合、紙の本をめぐる現状はかなり深刻である。そしてそれは、前述のような「電子書籍の台頭」だけが問題ではないのだ。
版元の自転車操業化による出版点数の増加と高い返品率、再販制度のデメリット、資材(紙)の高騰、リアル書店の減少、情報の伝達と娯楽の形の多様化、若者の活字離れ(これについては、70年代末から言われ続けていることでもあるが)――そうした問題の数々が絡み合い、いま、紙の本が全体的に売れなくなっている。そして、「本が売れない」となれば、必然的に初版の発行部数も絞られ、また、上記のように紙の値段が高くなっていることも関係し、結果的に本の値段はますます上がることになるのだ。
三島邦弘の『出版という仕事』(ちくまプリマー新書)は、そんな、「本」をとりまく環境が大きく変わりつつある時代に、あえて「出版」――それも、紙の本の出版を志そうという人々に向けて書かれた熱い1冊である。
本作りには「おもしろマグマ」が必要
三島邦弘は、1975年生まれ。出版社2社で編集を経験したのち、2006年10月、単身、“ちいさな総合出版社”「ミシマ社」を設立。ジャンルを問わず、「一冊入魂」のユニークな本の数々を送り出し、目の肥えた読書家たちから常に注目されている。
先ほど私は、『出版という仕事』を「熱い1冊」という風に紹介したが、同書で三島が繰り返し力説しているのは、本作りには「おもしろマグマ」が必要だということだ。それは、編集者を突き動かす「なにより、自分が読みたい」という熱い「衝動」のことであり、「動機や理由とは異なり、説明できるものでは」ない。また、著者にとっては、“理由もなく、書きたい”という衝動であり、営業部員や書店員にとっては、“理由もなく、売りたい”という衝動ということになるだろう。
だが、じっさいは、この「おもしろマグマ」を原動力として作られた本は減っている。前述のように、現在、多くの版元は自転車操業にならざるをえない状況に陥っており(理解できない人も多いだろうが、「本」という「商品」は、じっさいに売れた金額ではなく、納品した段階での金額が「売上」になる場合が多いのだ)、そうなると、自然と安易な企画――ヒット作の二番煎じや、ただ単に出版点数を増やしたいがための薄っぺらい企画が増えていくのだ。果たしてそんな本を、面白いと思う人がいるのだろうか――。
愚痴を言う前に、やるべきことを楽しみながらやる
こうした状況に、三島は、取次を通さない「書店直取引」で抗おうとする。現在の本の流通のシステムについては、詳しくは同書を参照されたいが、自社の本に関心を示してくれる全国の書店と直取引をすることで、作りたい本を適正な部数だけ作ることができる。むろん、これは、あくまでもミシマ社のような小規模の版元だからできる手間のかかるやり方であり、いまじっさいに大手出版社や取次で働いている人たちの多くは、三島の考えに賛同はできないだろう。
しかし、この「出版不況」といわれている中、ミシマ社が約20年、“注目の出版社”としてやってこられているという事実も無視はできまい。同書の「おわりに」(あとがき)で、三島はこんなことを書いている。「出版不況といわれる環境下で、一貫して楽しく仕事をしてきている。愚痴を言う前に、まずはやるべき課題を現場でしっかり実践する。」
そう、何をやるにしても、この仕事を楽しむ姿勢と、「おもしろマグマ」は必要だと思う。三島邦弘の『出版という仕事』は、本の世界に興味のある人だけでなく、これから新しく“何か”を始めようとしているすべての人たちに読んでほしい1冊だ。
■書誌情報
『出版という仕事』
著者:三島邦弘
価格:990円
発売日:2025年7月10日
レーベル:ちくまプリマー新書
出版社:筑摩書房