ネイルは何のためにするもの? メンズネイリスト・立石準が小説『そのネイルは内緒のときめき』から受け取ったメッセージ
ネイルをしている男性を目にすると何を思うだろうか。チャラついている? 美意識高そう? 多様性やジェンダーレスの考え方が浸透してきているとはいえ、特に男性からすると未知の部分もあるだろう。
そんな「男性」×「ネイル」というキャッチーなフックを持つ小説『そのネイルは内緒のときめき』(著:神戸遥真)がことのは文庫より刊行された。恋愛も仕事もうまくいかないアラサーの主人公・月ヶ瀬仁美が、メンズネイリストの蒼山怜亜と出会い織りなす「大人なお仕事恋愛ストーリー」だ。
怜亜と同じくメンズネイリストとして活躍している「FALCO NAIL」の立石準氏は本書をどう読むだろうか。「お仕事もの」とも言えるこの小説、プロの目にはどう映ったか、感想を聞いた。
プロも感嘆のネイル描写
──『そのネイルは内緒のときめき』を読んでみていかがでしたか? 率直な感想を教えてください。
まずは「面白い!」って思いました。最初、作者の方がセルフネイルをされていると知らずに読んだので、専門用語がたくさん出てきて「すごくたくさん取材されたのかな」って思ったんです。「ハイポニキウム」っていう言葉が出てくるんですが、普段お客様との会話の中で出てくるような言葉でもないですし。だからネイリストが読んだら面白がるだろうなって。
──ストーリーや内容はいかがでしたか?
爪って、本当に小さい面積だけどメンタルに及ぼす力は大きいと僕は思っているのですが、「Prologue」に「気持ちが明るくなったり。前向きに思えるようになったり。明日もがんばろうと気合いが入ったり。」と書いてあって。それって実際にお客さんがおっしゃってくださることでもあるんですよ。だから本当にその通りだなって、最初の段階で心を掴まれました。
──本作では主人公の仁美が、男性ネイリスト・怜亜と出会うことで話が展開していきます。作中には、怜亜の男性ネイリストだからこその苦悩や工夫が語られる場面もありますが、立石さんは同じ男性ネイリストとして共感できる部分などはありましたか?
いや……、あの……「こんなにカッコいい人ばっかりじゃないよ」と(笑)。
──怜亜は元モデルですしね。
そうそう。そんなの最上級すぎるじゃないですか。だからそこはファンタジーとして楽しみながら読んでいました(笑)。
──作中で怜亜が、仁美をはじめ様々な人たちの悩みや近況などを聞いて、それに合う色やケアをするという描写もありますが、立石さんもそういう施術経験はありますか?
ありますよ。うちに通ってくださる方で、脳梗塞によって半身が不自由なメンズのお客様がいらっしゃるんです。その方は、奥様もご高齢で爪を切れないので長さだけ落としに来られます。
あとは、爪をむしってしまうからずっと深爪だという方がいらっしゃって。その方のお母様がちょうど僕がテレビに出させてもらっていたのを見ていたそうで、別々ではありますが、お母様もお嬢様もネイルをしに来てくださいました。お嬢様は今、爪を育てているところです。小説の仁美さんも似たような状態だったので「こういう方もいらっしゃるよな」と思いながら読んでいました。
──まさに仁美と一緒ですね。
そうなんです。うちでは長さ出しのオーダーではないので、そこはちょっと違いますけど、ジェルネイルをすると爪はむしれないのでだんだんと長くなってきて。「生きてきた中で、こんなにも爪が長いのは初めてです」とおっしゃっていただきました。
──うれしいですね。
本当に。ネイルって、「おしゃれ」という位置付けですけど、人生に携わる……というとちょっと大袈裟ですが、でもその方のライフスタイルに寄り添うことができる職業なんだなということを改めて感じられて。ネイリストをやっていてよかったなと思います。
男性ネイリストへの風当たりは強かった?
──そもそも立石さんがネイルに興味を持ち始めたのはどういうきっかけだったのでしょうか?
あるとき、テレビで芸人さんが「最近、こんなんハマってんねん」ってネイルチップを出していて。そのネイルチップが、ひまわりと海の絵が描かれているものだったんですね。それを見て「ネイルって工作みたいで面白そうやな」と思った記憶があって。そのときはそれだけだったんですけど、その後、就職した会社の福利厚生の一つにネイルスクールがあって。詳細を見ていたら、その時はネイルケアの重要性とかは理解してなく、ネイルアートが目立っていて「やっぱりネイルって工作みたいで面白そうやな」とまた思って。見学に行ったら男性のネイリストさんもいたのでお稽古事として始めました。
最初は本当にただの趣味という感覚だったんですが、ネイリスト技能検定の3級という簡単な資格をとったときに、そこの先生が「うちのサロンで働いてみる?」って声をかけてくださって。仕事は一生するものだと思っているので、だったら嫌々やるんじゃなくて「やりたいからやる」と思って働きたいなと思って、飛び込んでみて今に至ります。
──その当時、男性ネイリストやネイルをしている男性というのはそんなに多くはなかったのではないでしょうか?
確かに少なかったですね。もちろん第一線で活躍されている先生で男性の方はいらっしゃいましたけど、普通に街を歩いていてネイルしている男がいてるという時代ではなかったですね。
──その頃、男性ネイリストという存在に対して偏見などは持たれることもありましたか? それとも、始めてみるとそんなことはなく?
やっぱりコンビニのお会計のときとかにネイルをしている爪が見えると二度見はされますよね。エレベーターのボタンを押すときとか。でも「男性ネイリストだから」という偏見はなかったですね。
──単純に、男性がネイルをするということにまだ世の中が慣れていなかっただけというか。
そうですね。でも、驚かれることはあっても「気持ち悪い」と言われるみたいなことは全然なくて。居酒屋に行ったときに、たまたま磨く道具を持っていて、おっちゃんに「磨いてや」と言われて磨いてあげたら「なんかきれいやんか」ってちょっと喜んでいたりして。男女問わず、爪がきれいだとうれしいんだなと思いましたね。後日会ったら「会社の若い子に褒められたわ」ってうれしそうにしていたから「次からはお金取るからね」とか言って(笑)。
──もともとネイルに興味を持ったのは「工作みたいで面白そう」と感じたことだとおっしゃっていましたが、現在はネイリストという職業の魅力や面白さをどのように感じていますか?
ネイルって、施術した段階で完成するじゃないですか。だから施術後の手をずっと見ていらしたり、「わぁ、うれしい!」って喜んでくださったりと、目の前で反応してくださるのはうれしい瞬間だなといつも思います。反応がわかりやすいことは魅力のひとつですね。
最近70代のお客様がいらっしゃったんですが、その方が「ここのサロンは何歳くらいのお客様までいてるの?」と聞いてくださって。「90歳の方もいらっしゃいますよ」という話をしたら、「そんな歳まで通っていいの!?」とおっしゃってくれたんです。そんなことを思ってくれるなんてめちゃくちゃうれしいなと思いました。ネイリストって、喜んでもらえる仕事なんだなと。