柚木麻子の小説『BUTTER』はなぜイギリスで評価されたのか? 海外でも共通する、いびつな男女間の空気

 梶井真奈子は、とにかく食べるのが好きで、食にさっぱり興味のない里佳をあざけりながら最初にすすめたのがバター醤油ご飯だ。炊きたてのご飯にバターを乗せて醤油を垂らす。それこそがもっともバターの素晴らしさを知る手段であり、エシレの遊園バターがベストなのだと語る彼女の〈ふわりと、舞い上がるのではなく、落ちる〉〈舌先から身体が深く沈んでいく〉という味わいの表現。取材のためとためしてみた里佳が魅惑の味にとりつかれる描写を読んで、食べたくならない人はいない。たとえ、白米のおいしさを知らない西洋人であっても、だ。

 その後、食べることの魅力にとりつかれた里佳は、脂肪をたくわえていくと同時に、手玉にとられた男たちと同様、梶井に正気を失わされていくのだが、そこで描かれるいびつなシスターフッドもまた、読みどころのひとつ。

 女性の手料理信仰のとくに強い日本で、尽くすことを逆手にとって男たちを支配し、命を奪い、自分の人生を彩ろうとした梶井真奈子。彼女を嫌悪しながらも対峙する存在として、男性ではなく女性を配置することで、本作は社会に蔓延するいびつな男女間の空気をあぶりだす。その空気を今なおリアルだと感じてしまうこと、まるっきりの共感でなくとも海外の読者にすら興味深いと思われてしまう現状が、いちばんおそろしいような気もしてしまう。

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