古人骨のDNAが失踪した妹のものと一致? 30万部突破の大注目ミステリー『一次元の挿し木』著者・松下龍之介インタビュー

影響を受けた本は?

——さきほどクックに言及されましたけど、松下さんはミステリーにこだわらず広く読書をしてこられた印象があります。過去の読書歴を少し伺ってもいいでしょうか。

松下:読書歴というほどのものはないんですが、僕の世代はみんな『ハリーポッターと賢者の石』が読書の入り口という人が多いと思うんです。僕は小学二年生ぐらいの時に『ハリーポッター』を読み始めて、そこから小説の面白さに気づいていった形ですね。ですから小学生ぐらいの時はけっこうファンタジーを読んでて、海外のものがけっこう好きだったと思います。それで中学生のときに村上龍さんの『半島を出よ』が出たんですけど、読んでみたら『ハリーポッター』とは全然違う感じで(笑)。小説ってこんなこと書いていいんだ、こんだけ人を殺してもいいんだ、とカルチャーショックを受けました。

——その2作はかなり振れ幅が大きいですね。

松下:そうですね。『半島を出よ』に出会ってからシビアな作品も読むようになりましたが、『ハリーポッター』では、「小説って温かいものなんだよ」ということを学びましたから、振れ幅が広いと言えばそうだと思います。

——『一次元の挿し木』を『このミステリーがすごい!』大賞に応募されたのは、たまたま〆切が近かったからだそうですが、それ以前にも応募歴はおありなんですか。

松下:はい、いくつか応募していて、『一次元の挿し木』が三作目です。ミステリーとしては初めてですね。

——でも初めてにしては、構造とか伏線の使いかたみたいな技巧は完成度が高いと思いました。ミステリーの賞に出すということを別にしても、物語はこういう構造や技巧を使わないと読者を楽しますことができない、というような意識がおありだったんでしょうね。

松下:『ハリーポッター』ってファンタジーですけど、あれって伏線の鬼なんですよね。ですから、伏線があって最後にどんでん返しがある、というのがジャンルを問わず必要条件である、というのが僕の中に刻まれているんだと思います。この前に書いた作品でも、ミステリーであるか否かは別として、そういう仕組みは入れようとしていました。

——もちろんこれからミステリーを書いていっていただきたい気持ちはあるんですけど、そういうエンターテインメント観を持った方にはジャンルに縛られず広くご活躍いただきたいとも思います。これからどんなものを書いていきたいとお考えでしょうか。

松下:そうですね。とにかく面白いもの。かつ、できれば人の心に残るものを書いていきたいという思いはあります。単純に面白い、というのもいいんですけど、なんて言うんですかね、その人にとって一番大切な本になってほしい、そういう本を書きたいなと思ってます。

——もう一つ。『一次元の挿し木』というのは、どの時点で生まれた題名なんですか。

松下:遺伝子のATGCは一次元の文字列、という文章がどこかに出てくると思うんですけど、その一次元という言葉がすごく独特でいいなと思ったんですね。もう一つ、挿し木というのも印象に残るので、その二つを組み合わせた結果です。最初は違っていて、「ループクンドの人骨」というのが仮題だったんです。でも書いてる途中で、「ループクンドあまり話と関係ないな」って思って(笑)。それはやめました。

——変えてよかったと思います(笑)。この小説のいいところをもう一つ思い出したんですが、悠が真相に到達する場面がありますでしょう。私、「ここでわかりました」というのがはっきり書かれているミステリーが好きなんです。ぼんやり真相に到達するんじゃなくて、何が引き金になったかがきちんとわかる。ああいった推理の段階は最初から入れようと思っておられたんですか。

松下:はい。「挿し木」という言葉を出した時点で、それは決めていました。ただ、どういう風に帰結させるかは考えどころではあったんですけど、物語の構造について考えているうちに自然に出てきました。紫陽という不在だけど物語の中心人物について、悠がなぜ彼女をそこまで求めるかを書くには、過去と現在を往復して読者を納得させないといけなかったんです。その物語構造からの必然ですね。

——そういう感覚が完全にプロ作家のものですね。そこで読者が登場人物に対してどういう印象を抱くか、という計算ができるというのが大事だと思います。

松下:それは「週刊少年ジャンプ」の読者としての価値観ですね(笑)。

——そこでしたか。「ジャンプ」連載で今まで何がお好きだったですか。

松下:松井優征さんの『魔人探偵脳噛ネウロ』です。松井さんは『暗殺教室』などいろいろヒット作がありますが、いつも読者を驚かせることを意識しておられるんです。何かのコメントで読みましたが、次のページをめくるとき、「右のページが宝の山」とおっしゃっていたという記憶があります。可能であれば全ページで読者を驚かせたいということかなと思って、そこは学ばせてもらったところかもしれません。あと、「ジャンプ」だとどうしても次回への引きが大切なので、それがないと読者はついてきてくれない。そういう感覚は大事にしなければいけないと思って書いています。

——なるほど。小説は文章を使って読者の想像力を喚起するメディアですが、ご自分が書く上ではどういう点に気を付けておられますか。

松下:冗長にならないという必要最低限のところですね。たとえば「誰々は言った」「僕はそう思った」というような文章は、なくても読者は理解できるんですよ。そこは読者を信じたいと思っていて、そういうところはかなり削りました。あとは「一文には動詞はできる限り一つにする」とか「副詞はあんまり使わない」とか、そういう規則を作ってかなり切り詰めています。

——今、読者を信頼するとおっしゃいました。長編の場合、読者は頭を使いますから疲弊もしますでしょう。疲れたり、退屈したりされないための対策はどうしておられるんですか。

松下:それはもう単純に、一つひとつの節をなるべく短くしています。僕自身がそこまで集中力があるほうじゃないんですよ。それこそ1ページ読んではバタッ、という感じなので、自分ならこのくらいの長さしかもたないな、というのが一つの基準になっています。だから読書慣れした方には、ちょっとものたりないな、と思われるかもしれないですね。

——もっと息が長くてもいいぞ、と。

松下:はい。でも僕ぐらいはこのぐらいがちょうどいいテンポなんです。

——面白いです。そうやって、無理のない息継ぎみたいなものを作品の中に作っておられるわけですね。気負わずにエンターテイメントをやってらっしゃるなという印象です。今後が本当に楽しみなんですが、どういうペースで書いていきたいと思っておられますか。

松下:そこまで焦りたくはないな、というのがあるんです。僕が新刊を出そうが出すまいが、たぶん世の中はそんなに変わらない。だったら時間をかけても読者が100%楽しめるものを目指したほうがいいだろうと思っています。むしろ、焦って書いて読者を裏切りたくない。お金を出して読んでもらっているからには、やはり100%のものを提供したいです。

■書誌情報
『一次元の挿し木』
著者:松下龍之介
価格:900円
発売日:2025年2月5日
出版社:宝島社

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