『対岸の家事』なぜ共感を呼んでいる? 識者に聞く、原作者・朱野帰子の作家性と演出の妙

映像化によって引き立つキャラクターたち

朱野帰子『対岸の家事』(講談社)

 ドラマは原作小説に忠実でありながら、俳優が演じることで登場人物に新たな魅力が加わっていると西森氏は指摘する。

 「小説を読んだときにもそれぞれの脳内にイメージができますが、人が演じることでさらにキャラクターが人間として立ち上がってくる感じがありました。たとえば多部さん演じる主人公の詩穂は、原作ではもっと“しっかりして淡々とした人”という印象を勝手に持っていたんですが、ドラマではベランダで叫ぶなど、コミカルな側面もある。そのギャップがいい意味で驚きでした」

  また、ディーン・フジオカ演じる“育休中のパパ”で、エリート官僚の中谷についても印象的だという。

 「中谷は、原作では共感されにくいタイプのキャラクターだったと思います。理屈っぽかったり、自分本位で他人の都合を考えなかったり。小説の中でも、詩穂はその中にある中谷の『かわいさ』みたいなものに気付くような一文があります。ドラマは、それをディーンさんが演じる中谷から視聴者も感じないといけないわけで。でも、ディーンさんが演じることで、不思議とかわいげが出てくるんです。おそらくディーンさん自身もかなり丁寧に役作りをしているんじゃないでしょうか。ドラマで観ていても、“嫌な人”とは映らないし、むしろ理解しがたいけれど、その人なりの考えがあるのだなとわかるし、興味を惹かれる存在になっています」

「これは違う」と言える主人公の強さ

 西森氏は、主人公の詩穂を「自分の違和感を言葉にして伝えることができる人物」と評する。

 「多部さんが演じる主人公って、ふわっとして見えるけど実はすごく芯がある。第2話以降では、他人に対して違和感をはっきり伝える場面も多い。でも強いというより、ブレていないんですよね。誰かに助けられるヒロインではなく、むしろ人を助ける側。そこがすごく現代的だし、観ていて気持ちがいいんです」

  第3話では、「他人の子を預かること」に労働としての価値があるのか、またそれにどんな対価を支払うべきかという議論も登場する。これは、朱野帰子の作品全体に通底するテーマに繋がっているという。

朱野帰子が描く「搾取されずに働く」ための知恵

朱野帰子『わたし、定時で帰ります。』(新潮社)

  朱野帰子の過去作『わたし、定時で帰ります。』をはじめ、西森氏は彼女の作品に一貫した視点があると語る。

 「朱野さんって、ただ“休みましょう”とか“無理しないで”と言う人ではないと思うんです。むしろ、どうすれば搾取されずに、でもしっかり働けるか。そこをすごく真剣に考えているように感じました。『わたし、定時で帰ります』の主人公も、自分の働き方を工夫するだけでなく、周囲の人や組織にも働きかけていくんですよね。1人で頑張るのではなく、仕組みを変えようとする、マネジメント能力に長けた人物として描かれていました」

  また、朱野が自ら出版した『急な「売れ」に備える作家のためのサバイバル読本』という本を、西森氏は印象深く読んだという。

 「同書では、朱野さんが自身の体験をもとに、これから売れるかもしれない作家や、作家と共に仕事をする立場の人に対して、具体的なアドバイスをまとめています。自分の経験を整理して考え、それを他者と知見として共有する。その姿勢は、小説にも表れていると思います」

価値観がぶつかり合う濃密な世界

 『対岸の家事』では、1話ごとに異なる立場のキャラクターが登場し、価値観の相違からときに激しくぶつかり合う。

 「1人1人の個性が立っているからこそ、ドラマがこんなに濃密になるんだと思います。それぞれが違う生き方をしていて、でもどれも否定されない。観ていて、“私は誰に近いだろう”って自然と考えてしまうし、それぞれの立場にきっと誰もが何かしら共感できるはずです。小説の中に『うちはうち、よそはよそだ。なのに、なぜ心がざわざわするんだろう』というセリフがあって、響きました」

  日々の生活の中でふと感じる「これっておかしくない?」という違和感。そこにしっかりと言葉を与え、共有することで、物語の世界も現実も少しずつ変わっていく。『対岸の家事』は、そんな希望を確かに描き出している。

関連記事