【不朽の名作】生きるとは、ひとりで静かに泣くだけではないーー庄野英二『星の牧場』が描く希望の欠片
でもそんな余裕は、たぶん、その時代の誰も持つことなんて、できなかった。だから、モミイチのまわりの人たちが悪いわけではない。むしろ注意深く見守り、モミイチを支えてようとしてくれている人もいた。だけどモミイチはどうしたって、それに応えることはできなかった。決定的に起きてしまったことを、なかったことにして、何事もなかったように日々を送るなんてことは、できなかった。だから、さびしさを受け止めてくれる、山のなかで生きるジプシーたちとともにありたいと願う気持ちが、どんどん強くなっていったのだ。
そういう、モミイチのように繊細で優しい人はきっと、現代社会にも少なからずいるはずだ。そういう人たちにこそ、この物語は必要だと思う。たとえ自分にしか見えない情景、聴こえない音だったとしても、たしかに「在る」と心で信じられるものに出会い、つながり、その記憶で心の穴をうめていく。そんなモミイチの姿を通じて、生きるとはひとりで静かに泣くだけではなく、誰かと微笑みあうことでもあるはずだと、希望の欠片に触れることができるから。