村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』なぜ人間の暴力性と悪を描いたのか『100分de名著』特集から考察

  村上春樹の長編小説『ねじまき鳥クロニクル』(新潮社)が、NHK Eテレで2025年4月放送の「100分de名著」に登場。

 世界の視線を村上春樹に向けさせた作品を、ロシア・東欧文学研究者で文芸評論家の沼野充義が紹介して、謎めいた展開が意味するものは何なのか、そして村上春樹の作品が世界を刺激したのはなぜなのかに迫っている。刊行から30年を超えてなお最高傑作の呼び声が高い『ねじまき鳥クロニクル』の真価とは?

「村上春樹の最高傑作」福田和也、吉本隆明が絶賛

 「かつて私は、『ねじまき鳥クロニクル』を、村上春樹の最高傑作だと書いた。それは、現存の作家のなかで、もっとも優れた作家の、もっとも優れた作品だという意味でもある」。2024年に死去した文芸評論家の福田和也が、2012年に刊行した『村上春樹 12の長編小説』(廣済堂出版)の中で『ねじまき鳥クロニクル』について書いた文章だ。

 「その後に『スプートニクの恋人』『海辺のカフカ』『アフターダーク』『1Q84』という四つの長編が発表されているけれども、その意見は変わらない」と福田。同じように、詩人で評論家の吉本隆明も、『ふたりの村上 村上春樹・村上龍論集成』(論創社)の中で『ねじまき鳥クロニクル』を挙げて、「わたし自身の読後感をいうと、この作家は現役の作家では、頭ひとつ抜いたなと感じた」と評価している。

  吉本は、『ねじまき鳥クロニクル』で繰り広げられる、満州国とモンゴルの国境で日本軍とソ連軍との間で起こった「ノモンハン事件」をめぐる描写を取り上げ、「不要なほどの重さで描かれたこの戦争場面で、村上春樹の現在にたいする変貌した認知を感じた」と書いている。沼野充義がNHKテキスト『100分de名著 村上春樹 ねじまき鳥クロニクル 自らの闇を見つめる』(NHK出版)に書いた文章にも、『ねじまき鳥クロニクル』について、「初期村上から中期村上の転機となった長編であると私は考えています」とあって、その特殊な立ち位置が分かる。

  テキストでは、どちらかといえば現代日本の風俗をスタイリッシュな文体や描写で表現していた村上が、「初めて本格的に、現代日本の表層が、実は底知れない闇をその下に抱えていて、それが歴史の奥底―たとえば満州や外モンゴルでの戦争、あるいはそこに秘められた巨大な悪や暴力―につながっていることを示した小説」を書いたと指摘している。

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