白石一文が考える、結婚することの意味ーー最新小説『代替伴侶』の思考実験で気づいたこと

伴侶が死んだ時に一番特別な感情を持てたら

――『代替伴侶』では、離婚した男女の「代替伴侶」同士が、夫婦として暮らし続ける。それによって、本人たちがありえたかもしれない別の人生を知ることになります。

白石:その時に彼らはどう思うかという思考実験です。結婚って、やはり軽いことではないでしょう。恋愛と結婚は似て非なるもので、子どもが欲しいから、家を継がなければいけないからと、結婚する人もいる。ただ、多くの人は、恋愛が称揚された時代だからたまたま結婚したのではないか。あまり考えて結婚していないように感じるんです。友だちや知りあいから結婚相手を紹介されても、なぜこの人と? やめた方がいいのにということがありませんか。僕と前の妻もそうだったかもしれない。自分でも首をかしげるような道だったんですけど、わりといろんな人が普通に結婚して、普通に生きているような顔をしながら、けっこう理由がわからないまま結婚を続けている人が多いようにみえる。だから逆に、その理由をみつけるために長く続けた方がいい気がするんです。

 同じ生殖の適齢期で、同じ国に生まれた人、近い経済圏でいた人がくっついたのは偶然だといってもいいけど、ひょっとしたら運命的なものがあって、あらかじめ決められた同士が一緒になるみたいなことがもしかしたら現象として起きたのかもしれない。伊達に神に誓っていないというか。そうであるならば、本人たちが気づかなくても理由があるはずだから、つきつめていけばいいのにと思う。

 いろんな人といろんな関係を持って、それぞれがモザイクのように面白い世界だという風には、人間はなかなか思わない気がするんです。やっぱり、お互いへの信頼がある程度根づいた特定の関係でなければ、感覚や思考を広げられない気がします。常に満ち足りないものを感じてしまうというか、故郷を作れないというか。

 だけど、間に子どもができちゃうと、この子のために頑張れるとなって、そこに理由を求めるようになる。この小説を書いていたら、子どもがある種の疎外要因だという感覚がありました。主人公の元夫婦は、子どもを持ちたいというモチベーションや衝動によって、本来なら一緒にいた方がいいのに別れてしまった。つまり子どもが、ある種の夾雑物だった。夫婦をクローズアップすると、そういう見方もできるのではないでしょうか。

――「代替伴侶」は、決して相手を裏切らないようにプログラムされていると同時に、自分が代替であり、命に期限があることを自覚できないようになっています。そこに切なさを感じます。夫婦はいずれ相手の最期に直面するということを象徴的に表現しているように感じました。

白石:夫婦に子どもがいなくても、一緒にいればいろいろなことがあるでしょう。そんななかで、歳をとっていくとどちらかが死ぬ。関係が停止する。すごく仲がよくなった人と死に別れるわけです。悲しいのか寂しいのか嬉しいのかほっとするのか、いろいろあるでしょうけど、それはこの世に生を受けて、あくせく生きてこないと得られない、人間しか得られない感覚なのではないか。それを得るために僕たちは生きているというか。それは、けっこう人間の醍醐味なんじゃないか。伴侶が死んだ時に一番特別な感情を持てたらいいのに、それを夫婦で得られないのはもったいないと思うんです。

――『代替伴侶』を書き終えてみて、あらためて考えることはありますか。

白石:もう僕が持っていた引き出しの中身は、スカスカです。歳をとってきたので思考実験的な小説しか書けない。今の若い人や女性のことも、もうわからない。だから、もう1回リセットして、人の話、女性の話を聞いて書いていこうかなとちょっと思っています。

■書籍情報
『代替伴侶』
著者:白石一文
価格:1,870円
発売日:10月15日
出版社:筑摩書房

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