連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2024年9月のベスト国内ミステリ小説

 今のミステリー界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。

 事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を一人一冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。今回は九月刊の作品から。

千街晶之の一冊:逸木裕『彼女が探偵でなければ』(角川書店)

 昨年の『世界の終わりのためのミステリ』の収録作「かくれんぼメテオライト」を読んだ時にも思ったことだが、逸木裕は近年、年間ベスト級の短篇を立て続けに書ける作家としての実力をいよいよ現しはじめたのではないか。探偵・森田みどりの事件簿としては二冊目にあたる『彼女が探偵でなければ』の収録作でいえば「時の子」がそれだ(他の収録作も素晴らしいのだが、その中でも特に、という意味である)。本格ミステリとしての精密機械のような構造、その冷やかさからこそ浮上する人間という生き物のままならなさ。これぞ完璧なミステリだ。

橋本輝幸の一冊:井上先斗『イッツ・ダ・ボム』(文藝春秋)

 第31回松本清張賞受賞作は、二部構成でグラフィティ(スプレー塗料を用いたストリートアート)に打ちこむ者たちの動機にせまった作品だ。現代日本が舞台の、軽犯罪のクライムフィクションという目のつけどころがいいし、このテーマでアングラな雰囲気ではないのにも意表を突かれた。なにせシーンの最前線に立つ話題のアーティスト本人ではなく、ベテランやジャーナリストの一歩ひいた視点から書かれている。文体も一文が長めで淡々としている。犯罪小説が都市と人間を描く手つきで、クリーンさを志向する今が切りとられていた。

野村ななみの一冊:斜線堂有紀『ミステリ・トランスミッター 謎解きはメッセージの中に』(双葉社)

 今月は、読者を奇想で翻弄し謎解きで唸らせ、結末で驚愕させる二作が刊行されたので相当迷った。倉知淳の中編集『死体で遊ぶな大人たち』と斜線堂有紀の短編集『ミステリ・トランスミッター』だ。どちらも超おすすめだけれど、一冊しか選べないのでここでは後者を。趣向の異なる粒ぞろいのミステリが5つ収録されていて、中でも時間SF要素を取り込んだ「姉の夫」、ギャングものの「ワイズガイによろしく」が個人的には最高だった。切れ味鋭い展開と仰天間違いナシの着想に、著者の持ち味が発揮されている。余韻を残すラストも絶妙!

若林踏の一冊:逸木裕『彼女が探偵でなければ』(角川書店)

 人の本性を暴かずにはいられない探偵・森田みどりが出会った事件を描く短編集の第2弾だ。真実を徹底的に追い求める自分の行いが誰かを傷つけてしまう恐れに不安を覚えつつ、家族や同僚、そして事件で出会った少年たちとの関わりの中で探偵としての性分に真正面から向き合うみどりの姿に心を揺さぶられる。「苦悩する探偵」を描く連作シリーズとして、深く記憶に刻まれるだろう。本格謎解き短編としても粒ぞろいで、特に一編目の「時の子」は必読。核となるアイディアがもたらす驚きはもちろん、ラストに浮かび上がる情景が見事だ。

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