立花もも新刊レビュー 探偵小説の注目作からDI犬の物語まで……今読むべき4選

 発売されたばかりの新刊小説の中から、ライターの立花ももがおすすめの作品を紹介する本企画。数多く出版されている新刊の中から厳選し、今読むべき注目作品を紹介します。(編集部)

桜庭一樹 『名探偵の有害性』(東京創元社)

桜庭一樹 『名探偵の有害性』(東京創元社)

  警察も手を焼く事件を華麗に解決してくれて、警察ではないから逮捕を結論とせず、ときに犯人にすら寄り添ってくれる名探偵が「有害」だなんていったい誰が思うだろう?

  本作の語り手・鴨宮夕暮は、かつて名探偵・五狐焚風(ごこたい かぜ)の助手だった。「推理の風が吹いたぁ!」が決めゼリフの風が、四天王の一人として一世を風靡した平成の時代のことである。だが20年前、ある事件を境に二人は袂をわかち、今の鴨宮は両親から継いだ純喫茶を13歳下の夫と営んでいる。ところがその店に、やはり疾風のごとく突然、風が現れた。直後に人気Youtuberが「名探偵の有害性を告発する」と風を糾弾する動画を投稿したことで、鴨宮は常連客と不倫中の夫には何も告げず、風とともに過去をふりかえる旅に出るのだが……。

  大学生だった二人がどんなふうに出会い、どんなふうに難事件を解決させていくコンビに至ったのか。事件の起きた場所や被害者を訪れながら回顧していくのだけれど、経験したはずのことなのに、二人とも、当時の鴨宮が書いた小説をたよりにしか詳細を思い出せない。でも、ふと思い出す大事な記憶は、小説には決して書かれていない、というのがリアルだなあと思った。有名になればなるほど虚像がかたちづくられていくなかで、何の資格ももたない名探偵が犯人を暴き出す、その過程にも結論にも落ち度がなかったはずがない、と読みながら読者も気づかされる。

  でも、落ち度があったからといって、すべてが否定されていいものなのだろうか? そういう時代だったのだ、と自分たちの特権性や無自覚に誰かを踏みにじってきた行為を正当化するのではなく、真摯に過去と向き合いながら、己をとりもどしていく二人の姿は、時代の変化についていけないと一度でも感じたことのある人にもきっと響くだろう。

吉田篤弘 『十字路の探偵』(春陽堂書店)

吉田篤弘 『十字路の探偵』(春陽堂書店)

  こちらも名探偵の物語。名探偵の背負う業の一つに「息をしているだけで事件に出会ってしまう」というものがある。事故としてごまかされていようと、何ならまだ発生していない事件であろうと、不審な香りをかぎとり推理によって真相を暴き出してしまう。黒い外套と灰白色の眼帯がトレードマークの除夜一郎も、その一人。そして、探偵としてしか生きられない自分の性質に倦んでもいた。そんなとき、言われるのだ。「あなたが本当に優れた探偵であるなら、誰かが命を落とす前に事件の謎を解くべきではないですか?」「大事なのは人の命であって、優れた推理ではないもの」と。

  かくして除夜は、誰かが命を落とす前にその事件の謎を解く、事件を起こさせない探偵となることを決める。そんな折、不思議な古本を手に入れたのをきっかけに、何者かに追われるミサキという女性に出会う。そして大家の厚意から、除夜と同じ下宿で暮らし始めたことで、彼女は探偵の助手という役割を担っていくのである。

  各エピソードの冒頭には、言葉の定義と連想が綴られる。たとえば〈ふたつの道が「直角」もしくは「ほぼ直角」に交わるところを「十字路」と云い、北から吹き募る風を、これすべて「北風」と云う〉という具合に。何の話だろう?と最初は首傾げそうになるけれど、連想の積み重ねで見えるもの、そして一つひとつの事件をつなげる細い糸が見えたときに、構成の妙に唸らされる。

  やがて除夜とミサキは、大家である時計屋の娘が二年前に命を落としたある事件の謎にたどりつく。人ひとりにできることなど、それが名探偵であっても限られているなかで、絶望せずに希望の光を見出し続けられるのか。見出すためにはきっと、自分ではない誰かの存在が必要で、だからこそ除夜は人の交差する十字路に立ち続けるのではないのかな、などと思うのであった。

関連記事