栗野宏文 × デーヴィッド・マークスが語る、SNS時代の文化の難点「対立と反抗が難しくなって、新しいものが生まれにくい」

 『STATUS AND CULTURE ――文化をかたちづくる〈ステイタス〉の力学 感性・慣習・流行はいかに生まれるか?』(筑摩書房/8月1日刊)を刊行したデーヴィッド・マークスが、日本のファッションシーンをリードしてきたユナイテッドアローズ上級顧問の栗野宏文と語り合うオンライントークショーが、9月16日に開催された。本書でもっとも重要な「ステイタス」という概念をめぐり、文化の多様なあり方や、SNSの普及で均質化する現在の課題を指摘し、未来に向けて何が必要かを探る刺激的なトークが繰り広げられた。(メイン写真:左、栗野宏文。右、デーヴィッド・マークス)

デーヴィッド・マークス『STATUS AND CULTURE ――文化をかたちづくる〈ステイタス〉の力学 感性・慣習・流行はいかに生まれるか?』(筑摩書房)

 一般に「ステイタス」は、社会における身分の高さを表すものとして使われる言葉だが、デーヴィッド・マークスは『STATUS AND CULTURE』の中で、「ステイタス」を個人が社会の中でどのような位置づけにあるかを捉える指標として説明し、それがどのように求められているかを見ていくことで、文化の流行や変遷を解き明かそうとした。

 「ステイタスという概念を良い悪いではなく、社会を構成する軸として考えると、文化の原則が分かってくる」。そう話すデーヴィッドは、暴走族のファッションの変遷を例に挙げる。暴走族は当初、ロックバンドの「キャロル」に影響を受けたアメリカ的なスタイルだったが、そのスタイルがファッションとして一般に認知されるようになると、より怖いイメージを打ち出すために特攻服を着た右翼的なファッションに変わっていったという。「流行っているものへの反抗から、新たに違うものが生まれる」ことで、文化が変化し多様化していったことを指摘した。

 栗野宏文はこれに対し、リアルタイムでビートルズの台頭を目の当たりにした経験を話す。当時、若者たちは好きなミュージシャンのスタイルをまねて髪型などを変えたが、それが大人たちには反抗的だと見なされていたという。栗野自身は「意図せずに挑発していた」と当時を振り返るが、それは新たな価値観が生まれた瞬間だったのだろう。

 こうして、反抗と対立によって新しい文化が創造されていたが、昨今では「かつてのスタイルが時代が経つにつれて一般化し許容されることで対立と反抗が難しくなって、新しいものが生まれにくい状況にある」とデーヴィッドは指摘。その裏返しとして、アメリカでドナルド・トランプが支持を集めている背景に言及し、「言ってはいけないことを言って支持を集める差別的な思想が、文化的なパワーになってしまっている」と続けた。

 栗野は昨今の状況について、「なんでもOKのように見えて、実は忖度があり、若者たちは居心地の悪さを感じているのでは」と述べる。様々な考え方や価値観を持った個人やグループが、位置関係を意識しながら対峙し、高め合ってきたことで文化は発展してきたのだが、インターネットの登場以降、文化は停滞期にあるのかもしれない。栗野は「SNSで”いいね”をもらうことが正義になってしまった」と指摘する。誰もが支持する平均値をとって売り出した方が、映画もファッションモデルも人気を集められると考えられている状況の中で、山口小夜子やデヴィッド・リンチのような傑出した才能が今後、登場するのかといった問題意識が提示された。

 AI(人工知能)のようなアルゴリズムによるレコメンドについても、デーヴィッドは「かつてのレコード屋の店員さんは『これが好きならこの3枚も聞いた方が良い』といって、もっとヘンでディープなものを薦めてくれたが、アルゴリズムの場合は、よりわかりやすく誰でも好きなものを薦めてくる」と問題点を指摘。そういう時代に個人がセンスを深め、より多様な文化を培っていくことができるかは、重要な課題となりそうだ。

 他にもトークショーでは「オールドマネー」と「ニューマネー」の違いが語られた。「ニューマネー」は、新しく起業してIPO(株式公開)などで一攫千金を実現したような人たちで、彼らは「高い車を買い、大きい家を買う」などの消費行動でお金を持っていることを示すのがステイタスになっているという。対して、昔からのお金持ちである「オールドマネー」は、先代から使っている伝統的なアイテムなどをさりげなく使用することで、どれだけ長く使っているかという「時間」をステイタスシンボルにしているそうだ。栗野は「昔のお金持ちは、家にあるものを大事にすることに価値を見出していた。金継ぎで器を長く使ったりと、侘び寂びと付き合う文化だった」と言い、ファストファッションやスピーディーなサービスがもてはやされる昨今の価値観と比較した。

 一方で、デーヴィッドは日本にはまだ職人的な手仕事を尊ぶ文化が残っていることに言及。「大きく儲かっていないのに、わざわざドリップで美味しいコーヒーを作るような店がまだある。アメリカにはもう、そういった文化がほとんどない」と言い、栗野も寿司屋や蕎麦屋のように、料理を作っているところを客に見せるオープンキッチンの業態があることを挙げて、「日本は手で作る仕事を低くは見ていない」と指摘した。

 オーダーメイドのスーツを作るテーラーも、アメリカではほとんど存在しなくなっているが、デーヴィッドは「日本ではまだスーツ文化が残っていて、テーラー文化も残っている」と、ファストファッションとは異なる動きがあることを説明。均質化に対抗するように残っている文化が、流れを作って新しい価値を生み出す可能性もありそうだ。

 インターネットの普及は、流行が生まれて広がり消費されるサイクルを短くしている。デーヴィッドによれば、アフガニスタンのタリバンが履いていたパキスタン製のシューズが、ニューヨークで紹介されて一ヶ月後にパキスタンのECサイトで取り扱われるようになったという。欲しいものがなんだって手軽に手に入る状況では、「何かに対するアプローチの時間を楽しんだ方が豊かではないか」と栗野は提案する。たとえば、次の予約が1年後になるレストランを、気長に待って食べに行くことを楽しむ。そうした体験に価値を求める考え方が広まれば、これからの文化がより豊かになるのかもしれない。

 興味を惹かれる話としては、ニューバランスのスニーカーをスーツに合わせるファッションスタイルがどのように生まれたかが、当事者の栗野から語られたことだろう。1997年頃、腰を痛めた栗野がそれでも黒いスーツを着たいが、「黒い革靴を履いたら殺し屋みたいになる。だったら黒いスーツに黒いスニーカーはどうだろうと思い、履きやすいと聞いたニューバランスを履いたらルック的に合ってしまった」とのこと。当時はそれほど人気がなかったニューバランスが、日本で受けて世界で人気を取り戻し、大谷翔平が着用するほどのファッションアイテムとなった。こうした事例からも、常識を外して挑戦してみることの大切さが伺えるだろう。

 同オンライントークショーは、blueprint book storeにて『STATUS AND CULTURE』を購入した方を対象に、9月30日(月)までアーカイブ視聴が可能だ。

■イベント情報
『STATUS AND CULTURE』刊行記念トークショー
出演者:デーヴィッド・マークス、栗野宏文
配信サービス:Zoomウェビナーにて配信中
配信期間:9月16日(月・祝)19時〜2024年9月30日(月)23時59分(アーカイブ視聴可)
参加対象者:blueprint book storeにて書籍『STATUS AND CULTURE』を購入した方→https://blueprintbookstore.com/items/66c700ccbfa28703047ff853

■商品情報
『STATUS AND CULTURE ――文化をかたちづくる〈ステイタス〉の力学 感性・慣習・流行はいかに生まれるか?』
著者:デーヴィッド・マークス
発売日:2024年8月1日
価格:3,630円(税込価格)
出版社:筑摩書房

【目次】
日本の読者に向けた序文
はじめに 文化とステイタスのタブーにまつわる大いなる謎

第1部 ステイタスと個人
第1章 ステイタスの基本原則
第2章 慣習とステイタス価値
第3章 シグナリングとステイタスシンボル
第4章 センス、真正性、そしてアイデンティティ

第2部 ステイタスと創造性
第5章 階級と感性
第6章 サブカルチャーとカウンターカルチャー
第7章 芸術

第3部 ステイタスと文化の変化
第8章 流行のサイクル
第9章 歴史と連続性

第4部 二十一世紀のステイタスと文化
第10章 インターネットの時代

まとめ ステイタスの平等化と文化の創造性

原注
書誌情報
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