杉江松恋の新鋭作家ハンティング ボーイ・ミーツ・ガールの時間SF『天才少女は重力場で踊る』
ここまでは前提で、物語の重要な部分をまったく書いていない。『天才少女は重力場で踊る』はボーイ・ミーツ・ガールのプロットを持つ青春小説であり、万里部と三澄の関係がどう変化していくかを描く物語なのである。帯には気になることが書いてある。根幹に関わることなので明かしてしまおう。第一章の終わり、万里部の許に未来から一通のメールが届く。その最後の一文は、こう書かれていた。
「わたしとあなたが恋をしないと、世界は終わる」
世界が終わる、って。
そう言われても困るというものだが、確かに終わってしまいそうなのである、ということは読み進めていくとわかる。これもすぐわかることなので書いてしまうが、「わたし」とは未来の三澄翠であり、「あなた」はもちろん万里部鉱だ。え、三澄が万里部に恋をしないといけないのか。ここで読者は冒頭の場面に思いを馳せることだろう。無理、絶対無理だろう、それは。
冒険小説に描かれるどんな障害、障壁を切り崩すよりも難しいのは、人の心を変えることである。敵意を剥き出しにしている女性の心を自分に向けさせることは、トラックにニトログリセリンを満載して千キロの道を行くよりも困難であるかもしれない。それをどうやるか、という話なのだ。もっと正確に言えば、心の問題なのだから三澄翠を欺いたり、万里部が自分を偽ったりしても意味がない。そのままの万里部が、そのままの三澄と向き合わなければいけないのだ。それに挑戦するわけである。彼の態度はフェアで、主人公として非常に正しい。
先回りして書いておくと、ありがちな悲劇を起こしたり、危険な出来事によって二人の距離を縮めたり、というようなあざとい手段は一切使われていない。いわゆるクリフハンガーはなし。正攻法である。本書が巧いのは、その正攻法の恋愛小説が時間SFとしてのプロットと融合した形で書かれている点である。SFは門外漢なのであまり大きなことは言えないが、時間の経過を利用した物語の構造には感心させられた。ミステリーの要素もあり、万里部は犯人当てに近いことをしながら三澄との関係を構築していくことになる。
すべては三澄翠のために。
物語の中心を17歳の少女に定め、一切揺らぐことがない。あれやこれやを欲張らずに、読者を見事に誘導している。作者はその技術を、おそらくはノヴェルゲームの制作で培ったのではないかと思うが、小説の世界に来てくれてよかったと思う。太い幹を持った作品を書ける人だ。ジャンルを超え、いろいろな小説を書いてもらいたいと思う。読者を楽しませる、おもしろい小説を。