連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2024年6月のベスト国内ミステリ小説

 今のミステリー界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。

 事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を一人一冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。今回は六月刊の作品から。

野村ななみの一冊:万城目学『六月のぶりぶりぎっちょう』(文藝春秋)

 直木賞受賞作『八月の御所グラウンド』の第二弾である。二作が収録されており、京都を舞台に日常と非日常が溶け合う。前作を読んでいるとニヤリとできる描写もあるが、未読でも楽しめる。「三月の局騒ぎ」は、14回生以上という噂もある女子寮のお局様こと「キヨ」の正体に迫る短編。キヨが〝彼女〟だからこそ、その言葉には重みがある。中編「六月のぶりぶりぎっちょう」は日本史史上最大の謎「本能寺の変」が軸の特殊設定ミステリ。歴史という〝物語〟を紡ぐとはどういうことか。ドタバタ推理劇から終幕まで、翻弄されること間違いなし。

千街晶之の一冊:京極夏彦『了巷説百物語』(KADOKAWA)

 妖怪の仕業に見せかけることで事件に決着をつける御行の又市たち小悪党の活躍を描いてきた「巷説百物語」シリーズ、堂々の完結編である。今回、主人公となるのは又市たちの正体を暴こうとする側の男。ラスボスの正体は「百鬼夜行」シリーズの某作品を想起させるし、時代劇『必殺からくり人』へのオマージュらしき設定が散見されるなど、自作・過去の名作を問わぬサンプリングで物語を骨太かつ巧緻に構築しつつ、天保の改革に現代日本の世相を反映させた社会派小説の側面も隠し持っている。著者の志と技術力の高さに感嘆するしかない一冊だ。

若林踏の一冊:今村昌弘『明智恭介の奔走』(東京創元社)

 今村昌弘は突飛なアイディアを生み出すことだけではなく、過去のミステリ作品で培われた技法や趣向に工夫を加えて発展させる力にも長けている作家だ。神紅大学ミステリ愛好会の会長・明智恭介が活躍する本作を読めば、そのことが良く分かるだろう。特に「とある日常の謎について」と「宗教学試験問題漏洩事件」ではそれぞれ有名古典作品に言及しつつ、「なるほど、そういう描き方もあるのか」と思わず膝を打つような独自の使い方をしている。謎解き小説を読み込んでいるという自負がある人ほど、この二編は味わい深いものになるはずだ。

橋本輝幸の一冊:木崎ちあき『アンエンド 確定死刑囚捜査班』(宝島社文庫)

 定年間際の刑事・小津が異動したのは、死刑判決が出た事件を再捜査する特殊チーム。配属されたのは大手企業の令嬢、副業がバレたアイドルマニア、先輩を殴った元特殊部隊メンバーなど一癖ある者たちばかりだ。しかし彼らの奔走が、決着がついたかに見えた事件の真実を解き明かす。

 ライト文芸で十年のキャリアを持つ著者の新機軸。事件は陰惨だが、はぐれ警察官たちが能力や正義感を発揮していく展開は爽快である。掛け合いも軽妙。中編三作という珍しい構成で、じっくり事件の全貌を見せてくれるのもいい。もっと彼らの活躍が読みたい。

藤田香織の一冊:芦沢央『魂婚心中』(早川書房)

 そうだった。芦沢央は短編も上手いんだった! と、読みながら思い出した。リアルな現実社会のひりつく感情に打ちのめされてきたこれまでの作品とは異なり、本書は特殊な世界設定が舞台にした6話が収められている。

 まずはこの「もしも」の世界観が、どこからそんな発想が! と驚愕&狂喜せずにはいられず、狂気じみた登場人物の言動さえも愛おしくなる。なんだこれ。いや、面白いな芹沢央! と、きっと誰もが思うはず。特に近未来のゲームRTA実況を描いた「ゲーマーのGlitch」は、構成からして大興奮! ひとことで言えば、実に「尊い」。

酒井貞道の一冊:結城真一郎『難問の多い料理店』(集英社)

 様々な料理を様々な店名で作るものの、実際は雑居ビルの一室に厨房を構えるだ
け。実店舗はなく、大手の料理配達サービスを介したデリバリーの注文しか受けな
い。そんな料理店のオーナーが、謎解きの依頼を淡々とこなす連作短篇集である。飲
食店ミステリは人情噺に傾きがちだし、この設定だと配達員とオーナーとの友情でも
生まれるのかと思いきや、語り手を務める配達員は一話ごとに交代。人間関係は一話
完結でむしろドライ。そして探偵役のオーナーはどんどん不気味さを増す。推理も着
眼点が鋭い。結城真一郎の質高い多芸さには恐れ入る。

杉江松恋の一冊:京極夏彦『了巷説百物語』(KADOKAWA)

〈巷説百物語〉は妖怪の概念を使って人を騙す犯罪小説であり、プロットのひねりで読者に驚きを味わわせる。各話で心理の不思議が問われる点にもミステリーとしての魅力があった。本作をもって堂々の完結である。御行の又市一味の行状を、稲荷藤兵衛という嘘を見抜くのを得意とする人物が探っていくというスリリングな物語は、物語中途から制御不能なほどに盛り上がりを見せ、最後にはシリーズ全体のクライマックスといえる派手な展開になる。娯楽小説はこうでなくちゃいけないでしょう、という作者の声が聞こえてくるようだ。仰る通り。

 鈍器本もありましたが、全体としては短篇集の多い月となりました。同一キャラクターを配した連作あり、趣向で各話が連なる作品あり、でさまざまな顔が楽しめます。次回はどうなりますことか。お楽しみに。

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