杉江松恋×川出正樹、2023年度 翻訳ミステリーベスト10選定会議 1位は暗い魅力を持つ作品に

嫌な話なのに、ぐいぐい読まされてしまう作品の魅力

杉江:1〜4位の候補は『トゥルー・クライム・ストーリー』『恐るべき太陽』『最後の三角形』『ラブクラフト・カントリー』です。異彩を放つのはジェフリー・フォードですが、これが入っているのは仕方ない。

川出:とりあえず、『最後の三角形』を3位に置いてみましょうか。これは翻訳者の谷垣暁美さんが編纂した日本独自の短篇集で、何年か前に『言葉人形』(東京創元社)という、同趣向の本が出たのですが、そちらは幻想文学寄りでした。今回の『最後の三角形』はもっと幅広く作品がとられていて、最初の方に入っているものは地に足のついた設定が多いのだけど、読み進めていくとだんだん奇想天外な内容の短篇になっていくというように、構成にも工夫が凝らされています。

杉江:「ナイト・ウィスキー」は、不思議な酒に酔って木の枝で眠ってしまう者をつついて落とす役を担った若者が主人公です。こんな話をどうやって考えるんだろうという味わい深い短篇が満載ですね。3位、文句なしです。実はもう1冊、偏愛する作品があります。今年読んだ中で最も楽しんで読んだのは、『ラブクラフト・カントリー』でした。タイトルからはラブクラフト・リスペクトのホラー小説に見えると思うのですが、実はそうではない。現在より人種差別が激しかった時代のアメリカが舞台で、主人公の一族はアフリカ系なのですが、白人から時に命にかかわる危害を加えられることもあり、警戒しながら生きている。その一族の者が次々に怪異に巻き込まれていくんですね。人種対立が根底にあるんですが、最後の最後にその設定が意味を持ってくる。そういう構成にしたことで、虐げられる立場の者たちのしたたかさが強調されるんです。一篇一篇もおもしろいし、文句なしの連作でした。

川出:『トゥルー・クライム・ストーリー』のジョセフ・ノックスは、はみ出し者の刑事を主人公にした三部作の警察小説でデビューした人です。それを読んだときには、まさかこんな話を書くとは思わなかった。女性の大学生が行方不明になった事件があって、未解決のままになっている。それを若手作家が調べて原稿にまとめ、ノックスに送ってアドバイスを仰いでくる。事件関係者の証言をまとめた原稿と、ノックスと作家が行っているメールのやりとりで構成された、疑似ノンフィクションのような構成ですね。決して読みやすくない書きぶりのはずなのに、一気に読めてしまう。綴られている人間関係はけっこう陰惨で、どちらかといえば嫌な話なのに、ぐいぐい読まされてしまうのが凄い点です。

杉江:『恐るべき太陽』のミシェル・ビュッシはギョーム・ミュッソと共に現代フランスを代表するミステリー作家ですよね。

川出:そうです。『恐るべき太陽』はこれまで翻訳された中での彼の最高傑作で、読み始めればすぐにわかるんですが、アガサ・クリスティー『そして誰もいなくなった』を意識した小説構造になっている。しかし、この形式を使ってこんなことが書けるのか、というところに話は進んでいきます。読者を選ぶかもしれないノックスと比べて、こちらは誰が読んでも間違いなく楽しめる内容でしょう。純粋なミステリーとしての完成度は間違いなく『恐るべき太陽』なんですが、一方で『トゥルー・クライム・ストーリー』の暗い魅力には抗えないものがあります。

杉江:同感です。過去の三部作は、やたらと危地に陥る主人公とか、過剰なところがおもしろかったのですが、構成に難はあったと思います。それがこんなに巧緻な作品を書けてしまったということに驚嘆させられました。どうなんでしょうね。『恐るべき太陽』はミステリーをよく読む人ほど驚けるし楽しめる内容でしょう。でも『トゥルー・クライム・ストーリー』はもしかするとそれ以外の小説読者をも引き込む力があるのかも。

川出:そうかもしれませんね。どうでしょう。『トゥルー・クライム・ストーリー』を1位にして、試しに『ラブクラフト・カントリー』を2位、『恐るべき太陽』を4位にしてみるというのは。

杉江:おお、いいですね。そうするとジェフリー・フォードの下、4〜6位にいわゆる本格ミステリー、謎解きの小説が3つ並ぶことになります。綺麗だなあ。

川出 選び始めたときはこんな順位になるとは思わなかった(笑)。

 というわけで決定した1位から次点までの順位は以下の通りです。読書の参考にご活用いただければ幸いです。

1位『トゥルー・クライム・ストーリー』ジョセフ・ノックス/池田真紀子訳(新潮文庫)
2位『ラブクラフト・カントリー』マット・ラフ/茂木健訳(創元推理文庫)
3位『最後の三角形 ジェフリー・フォード短篇傑作選』ジェフリー・フォード/谷垣暁美訳(東京創元社)
4位『恐るべき太陽』ミシェル・ビュッシ/平岡敦訳(集英社文庫)
5位『哀惜』アン・クリーヴス/高山真由美訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)
6位『グレイラットの殺人』M・W・クレイヴン/東野さやか訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)
7位『頬に哀しみを刻め』S・A・コスビー/加賀山卓朗訳(ハーパーBOOKS)
8位『ニードレス通りの果ての家』カトリオナ・ウォード/中谷友紀子訳(早川書房)
9位『渇きの地』クリス・ハマー/山中朝晶訳(ハヤカワ・ミステリ)
10位『生存者』アレックス・シュルマン/坂本あおい訳(早川書房)
次点『寝煙草の危険』マリアーナ・エンリケス/宮真紀訳(国書刊行会)

リアルサウンド認定2023年度翻訳ミステリーベスト10選定会議・その1
リアルサウンド認定2023年度翻訳ミステリーベスト10選定会議・その2
リアルサウンド認定2023年度翻訳ミステリーベスト10選定会議・その3

関連記事