麦倉正樹が選ぶ「2023年歴史小説BEST5」 平安時代から江戸時代まで、多様な視点で描かれる物語

1位 『まいまいつぶろ』村木嵐(幻冬舎)
2位 『木挽町のあだ討ち』永井紗耶子(新潮社)
3位 『茜唄(上)(下)』今村翔吾(角川春樹事務所)
4位 『極楽征夷大将軍』垣根涼介(文藝春秋)
5位 『三河雑兵心得 拾参 奥州仁義』井原忠政(双葉文庫)

 よしながふみの原作漫画は読んで感銘を受けていたけれど、ドラマ『大奥』(NHK総合)で三浦透子が演じた「家重」には、激しく心を揺さぶられた。そんな自分にとって、村木嵐の『まいまいつぶろ』は、ページを繰るたびに涙があふれ出る、とても滋味深い一冊だった。生まれつき身体に障がいがあり、うまく言葉を発することができない「長福丸」と、彼の言葉を唯一理解することができる小姓「兵庫」。

  この2人が、どのような関係を取り結び、いかなる困難を乗り越えながら、やがて第9代将軍「徳川家重」と、その側近中の側近である「大岡忠光」となっていったのかを、じっくりと描いた物語。言葉が通じる相手と初めて出会ったことの喜びは、いかほどのものだったのか。あくまでも「通詞」であり、決して「目と耳になってはならぬ」という教訓が持つ含意にも、深く胸を打たれた。

 今年一年を改めて振り返るに、2023年上半期の直木賞受賞作となった2作――永井紗耶子の『木挽町のあだ討ち』と垣根涼介の『極楽征夷大将軍』は、やはり外せない2作と言えるだろう。『木挽町のあだ討ち』は、各章で異なる「語り部」を採用しながら、彼/彼女たちの証言によって、ある「あだ討ち」事件の真実が次第に明らかになっていくという「構成」の面白さが何よりも特徴的な小説だ。

  しかし、それぞれの「語り部」たちが、いつしか自身の「来し方」を語り始めるという「連作短編」的な味わいもあった。それが「長屋もの」のような「人情噺」として読む者の心に響いてくる面白さも。さらには、ここへ来てミステリ系のベストにも選出されているように「謎解き」サスペンスとしても十分楽しめる、とても間口の広い「時代小説」だった。歴史ものに馴染みのない方々も含めて、全方位的にオススメしたい一冊だ。

 一方、『極楽征夷大将軍』は、依然として謎の多い天下人・足利尊氏を、帝に背いた「逆賊」ではなく、お気楽極楽な「極楽殿」という新たなイメージで描き切った大河小説だ。それを、尊氏本人ではなく、彼に付き従った実弟・足利直義と執事・高師直という2人の人物の「目」を通して描き出すというアイデアが秀逸。ただし、痛快無比な前半の印象とは裏腹に、物語は(そして歴史は)徐々に混迷の度合いを深めてゆき……そう、本作は、尊氏という人物を描いた「物語」ではなく、尊氏という人物に最後まで振り回され続けた、2人の人間の悲哀を描いた「物語」だったのかもしれない。そこがまた、本作に深い余韻をもたらしていたように思う。

 初のビジネス書『教養としての歴史小説』(プレジデント社)を上梓するなど、今、「最もアクティブな歴史小説家」として、広くお茶の間にも知られつつある今村翔吾が「源平合戦」を描いた『茜唄』も、鮮烈な印象を残す作品だった。主人公は平清盛の四男であり、平家最後の軍師である知将「知盛」と、彼を慕う平家最強の武将「教経」だ。

 「滅びゆく者たちの物語」であるがゆえ、これまでの今村作品とは少しトーンが異なるような気がしたけれど、知盛・教経が、その最大の敵であり、互いに意識する存在でもあった義経・弁慶と、五条大橋で邂逅する場面(!)など、今村作品ならではの胸熱シーンも盛りだくさん。何よりも、それが最終的に『平家物語』成立の謎を解き明かしてゆくという大胆な発想と展開に、胸のすくような感動を覚えた。「千年後を生きる人に」――そのメッセージ性も秀逸な、今村版『平家物語』といっても過言ではない力作だ。


関連記事