白く長い帽子に、赤く垂れた長い舌……不気味すぎる『中国の死神』、「無常」とは 若手民俗学者・大谷亨に訊く、その正体

中国は妖怪大国だ

福建省の無常。

――中国にも妖怪文化があるんですね。

大谷:妖怪大国ですよ、中国は。お化け屋敷なんかもあちこちにありますし。そうそう、中国のお化け屋敷って、なぜか高確率で恐竜がいるんですよ。しかも、ときにはウルトラマンまでいて、ウルトラマンが卵を生んだりする(笑)。

――『中国の死神』のまえがきでも触れられている「ウルトラマンの卵」ですね。あれには笑ってしまいました(笑)。

大谷:ちなみに、淘宝(タオバオ)という中国のネットモールがあるんですが、そこでお化け屋敷のセットが10万円くらいで売られているのを見たことがあります。ようするに、お祭りの商売道具ですね。それくらいお化け屋敷はポピュラーな見世物というわけです。

――妖怪だの幽霊だのって中国では淘汰すべき対象として全面的に禁じられているものだと思っていました。

大谷:もちろん、政治の力というのは強大なものです。しかし、政治によって完全に破壊されてしまうほど文化というものもヤワじゃない。中国にいるとよくそんなことを思います。広大な大陸のあちこちには、無常をはじめ様々な愛しき文化がしぶとく生き続けているんです。

――たしかに、報道から見えてくる中国像と、実際に中国を訪れたときのギャップってありますよね。

大谷:そうなんです。なので、そのギャップを埋めるような仕事がしたいなと個人的には思っています。つまり、中国の一般庶民のリアルな生活が見えてくるような、中国人ひとりひとりの顔が見えてくるような、そんな仕事ですよね。

――『中国の死神』には、「無常珍道中」と名づけられた5篇の旅行記が掲載されていますが、これがとても面白い。まさに「ひとりひとりの顔が見えてくる」そんなエッセイになっていると思います。

大谷:ありがとうございます。じつはそういう声が多く寄せられていて大変嬉しく思っています。本篇の考察部分よりぜんぜん評判がいいです(苦笑)。

おもしろすぎる、中国の公園

――『中国の死神』を読むと中国に行きたくなってきます。旅慣れた大谷さんらしい観光アドバイスなどいただけますか。

大谷:中国には立派な観光地がいっぱいありますけど、それはそれとして、庶民が集う公園があちこちにある。そこに行くと楽しいですよ。特に早朝とか、夕飯後とかですね。

――というと?

早朝からハイテンションで踊りまくる中国のご婦人たち。

大谷:中国の公園って奇人変人の博覧会みたいな場所なんです。太極拳をやってる人なんかは全然まともな方です。何の流派かまったく分からない珍妙な体操をやってる人がいれば、ものすごく音痴なのに気にせず大声で歌っている人がいる。爆音を響かせてダンスしている高齢者集団もいる。楽しいというより、衝撃的でさえあるかもしれません。

――まさにカオスの世界……。

大谷:中国人って基本的に他人に無関心なんでしょうね。だから、変なオジサンがいても平気なんです。そういう点に関しては凄く自由。最近日本では人が寝っ転がれないようにベンチに仕切りをつけたりするのが流行っていますが、ああいうタイプの非寛容さはあまり見かけない気がします。

――ある面では中国は日本よりもずっと「自由」であると。

大谷:ただし、そんな中国を日本人が日本人の感覚のまま楽しめるのかというと、なかなか難しいのもまた事実でしょう。では、どうすれば中国が楽しめるようになるのか。ここで強くオススメしたいのが、みうらじゅん氏の名言「そこがいいんじゃない!」です。

――なんですか、それ?

大谷:「そこがいいんじゃない!」というのは、ひとことでいうと自分の凝り固まった常識を解きほぐす呪文です。たとえば、店員さんの態度が悪かったとしましょう。日本的常識ではそれは不快そのものです。でもここで、「そこがいいんじゃない!」と唱えてみるんです。するとあら不思議、不快に思えたその態度が、「ん?待てよ……過剰にペコペコされるよりずっと気楽かも」といった感じでポジティブに捉えられるようになるんです。これを繰り返しているうちに、「面白がる力」が自ずと鍛えられていきます。すると、臭かったり、汚かったり、うるさかったり……ネガティブにしか捉えられなかったものごとが俄然楽しめるようになるんです。

――なるほど。じつはそれって中国に限らず異文化を理解するうえで不可欠の考え方でしょうね。ほかにも中国旅行のコツってあります?

大谷:先ほどの公園にも重なりますが、いわゆる観光地を避けてあまり人が行かない場所を訪れてみるのも個人的にはオススメです。

――それはなぜですか?

大谷:端的にいうと、中国の観光業はまだまだ未成熟なところがあるからです。最低コストで最大限に儲けてやろうという愛のかけらもない観光地が中国にはとても多いんです。そんなものに付き合う暇があったら、名も無き街を訪れて、ブラブラ散策しながら、小腹が空いたらそこら辺で食事でもする、そんな気ままな旅のほうが、よっぽど良質な時間がすごせるように思います。しかも、そうした名も無き場所にこそ、無常のような宝物がゴロゴロと転がっているんです。

──マイナーな場所にこそ思わぬ掘り出し物があるのが中国だと。

大谷:あ、でも、食事は絶対に人が多いところがいいですよ。食べ物に関して中国人のアンテナは常に正しいからです。イキって人のいないところに行くとロクな目に遭いません。素直に繁盛しているお店に行きましょう。

――そういえば、『中国の死神』に書かれていたお祭りで振る舞われた海鮮ビーフン。あれ、絶対に美味いやつですよね。読んでいてお腹が減ってきたくらい。

大谷さんの著書『中国の死神』にも登場する、美味すぎる海鮮ビーフン。『中国の死神』は、無常だけではなく中国の魅力が詰まった書籍でもある。

大谷:あれは本当に美味しかったですね。じつは中国のローカルフードって、日本にほとんど伝わってないですよね。ぜひ日本の食いしん坊の方々には中国の地方都市を訪れて未知なる料理を探求してほしいところです。

――なにげない料理が美味いんですよね。

大谷:もちろん高級料理はそりゃ美味いんですが、かといって労働者が食べている料理が不健康なジャンクフードなのかというと決してそんなことはない。彼らは彼らで富裕層に負けず劣らず豊かな食生活を送っているんです。

──日本にいると中国のそうした生活のディテールってなかなか見えてこないですよね。

大谷:そうですね。なので、繰り返しになりますが、私としては今後も中国の庶民文化を日本に紹介するような仕事をしていきたいなと思っています。『中国の死神』はいわばその第一弾。多くの方に読んでもらえるように、わかりやすさを重視した本になっているので、ぜひ気軽な気持ちでお手にとってみてください!

■著者プロフィール

大谷 亨(おおたに とおる)

1989年、北海道生まれ。2022年、東北大学大学院国際文化研究科を修了。博士(学術)。2023年7月より、福建省廈門市に拠点を置き、日本語教師のかたわら、中国民俗学の研究にとりくむ。都築響一が発行する有料メールマガジンROADSIDERS'weeklyにて、中国の庶民生活をレポートする「スリープウォーキング・チャイナ」を連載中。主著に、『中国の死神』(青弓社、2023年)がある。

 

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