杉江松恋の新鋭作家ハンティング 江戸川乱歩や宮沢賢治らが登場する連作ミステリー『三人書房』の誠実さ

 史実と虚構のすり合わせが巧緻で、しかも誠実である。実在の人物を探偵役に登用する以上、それは必要十分条件と言うべきだろう。乱歩は、チャルメラを吹いて町を流す夜泣きソバやをやっていた時期があるとこれまた『探偵小説四十年』に書いているのだが、あの巨人が屋台を引いている姿は今一つ想像しがたい。それはなぜだったか、ということが「謎の娘師」では推理されている。そういう風に嵌まりづらいピースを嵌める手際にこの作者は長けているのである。

 もう一つの美点は、読者のイメージを巧みに操作していることだ。三人書房が存続していた時期は二年程度とごく短く、その中でいくつもの事件が起きていたとすることには無理がある。なので本作は三人書房が廃された後まで物語世界を長くとり、若き日に探偵としての資質煌めきを見せた乱歩が、実は後年に至っても時折それを発揮していた、という形で叙述が行われる。各話で語り手は異なり、それぞれがかつての出来事を回想するという形式をとっているのである。視点は現在にあり、すでに探偵作家として名を馳せた今の乱歩と、事件のただなかに飛び込んでいく若き日の平井太郎とが重なり合わされる。この二重時制を経由することで読者の側には、江戸川乱歩という公的な肖像と、物語の登場人物としての彼とを同時に受け入れる準備が整うのだ。つまり作者は、「みんなの乱歩」を「俺の乱歩」のほうへ引き寄せている。史実に立脚しているが、これは柳井一の書いた小説に他ならない。

 どっしりと腰の落ち着いた小説だ。今後が楽しみ、と書こうとして気が付いたが、作者は1952年生まれだという。「ミステリーズ!」新人賞史上最高齢の六十九歳で受賞を果たしたのだそうだ。ということは現在七十代か。いやいや。これほどまでに完成度の高い作品を書ける作家であれば、年齢なんて関係ない。ぜひとも次の作品を読んでみたいものである。優れたミステリーはまず優れた小説であるべきだが、その条件を満たしたデビュー作であった。優れた作家だと思う。

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