立花もも厳選 金原ひとみの傑作、古式ゆかしきミステリーなど……今読みたいおすすめ新刊小説 

青木知己『Y駅発深夜バス』(東京創元文庫)

 凄惨といえば九人病である。とある村で十年おきくらいに起きる伝染病で、一度発生すると決まって九人に感染する。感染すると、足の裏と額が脂汗でぬらぬらと湿り、やがてなめこのように全身が粘液で覆われ、腕や足などが体から抜け落ち、バラバラになって死んでしまうのだという。おそろしい。そんな村を訪ねた男が遭遇した謎を描く「九人病」。運航しているはずのない深夜バスに乗り込んで、宇宙と交信するかのような謎の動きを見せる人々と遭遇、さらに帰宅後は親しくしていた隣人の死を知らされた主人公の巻き込まれた事件を描く表題作。盗まれた婚約指輪の行方を読者への挑戦状で問う、古式ゆかしきミステリーの作法で描きだされる「ミッシング・リング」など、本作は5編の謎解きを収録した短編集である。

 読む人によって好みは分かれるだろうが、個人的には「猫矢来」が好きだった。主人公は、カツアゲする同級生を邪魔したことでいじめ……とまではいかないが嫌がらせのターゲットにされてしまった中学生の里奈。ただの人嫌いかと思っていたら、観察眼鋭く、さらに里奈に想いを寄せているらしい碓井という少年とともに、迫りくる危機に立ち向かう物語なのだが、加害と被害の立場をわける難しさなど、短いなかにも考えさせられるテーマが描かれている。「特急富士」のように、痴情のもつれと欲望の交錯によって起きた殺人事件のトリックを明かす、技巧的な短編も読みごたえがあり、いろんな味わいを得られるお得感のある一冊だ。

多和田葉子『白鶴亮翅』(朝日新聞出版)

 多和田さんの小説は、とにかく文章が美しくて、文字を追っているだけで心地いい。主人公はドイツでひとり暮らしをする翻訳家の美砂で、あるとき「庭の木の高い枝に座って、何語で話しかけても反応しないおばあさん」と出会うのだが、そのおばあさんについて〈掌を蝶々のように翻し、鼻歌を歌いながら軽い足取りでその場を去っていった舞踏家には遊び足りない少女のような雰囲気が漂っていた〉と表現する場面があまりに美しくて、本筋とまるで関係ないのに、何度もくりかえし読んでしまった。

 いや、実はこういう場面の積み重ねが本筋をつくりあげていて、糸を細かく編み込むように物語が存在している、というのも多和田さんの小説の魅力である。美砂は、隣人のMさんに頼まれて一緒に太極拳教室に通い始めるのだけれど、東プロイセンで生まれ、終戦後にドイツへ越してきた彼の背景だけでなく、中国人である教室の先生や、ロシアからの友人など、さまざまなルーツをもつ人たちとの交流によって、美砂は自分の無知に一つずつ気づかされ、歴史を、そして世界を知ろうと目を開き始める。

 ドイツ語ではよそ者を「車の第五の車輪」という。車には四つの車輪があれば十分、という意味だが、六つ目の車輪があれば大きな石のころがる荒野の道なき道を走ることもできる、という文章がある。だが、六つ目の車輪を見つけるまでが、難しい。知りたい、と興味を示すことが必ずしも良く働くとは限らず、新たな断絶を生むことにもつながる。だがそれでも、〈ちょうど空を飛ぶ一羽の鶴のように、人間界の愚かな争いを空から見て、どうしてあんなに愚かな戦いが起こりえるのか、と心底疑問に思〉うことができれば、何かが変わっていくかもしれない。そのための問いかけが、本書には散りばめられている。

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