ビビる大木が読み解く、幕末ミステリ『刀と傘』の魅力 「江藤新平にフィーチャーする切り口に驚いた」

史実を踏まえながら、江藤新平という人物を描くのは難しい

――ちなみに、昨年直木賞を受賞した米澤穂信さんの『黒牢城』などもそうですが、本作のような「本格ミステリ」と「歴史小説」の両面を併せ持った作品が、近年注目を集めているようです。

大木:なるほど、そうなんですね。そもそも、ミステリ小説を書くのはすごく難しいことなのに、そこに歴史上の人物を登場させるなんて、かなりいろいろ調べないと書けないですよね。その時代ならではの価値観みたいなものも、きっといろいろあるでしょうし。しかも、この小説のように、江藤新平のような、大久保利通とか西郷隆盛ほどは知られてない人物を主人公にするんだったら、なおさら難しかったはず。江藤新平を題材にしようと考えたのは、もしかしたら最近のメディア環境の変化も影響しているのかもしれませんね。

――どういうことでしょう?

大木:ここ10年ぐらいって、好きな情報をYouTubeなどのネットメディアで見るのが一般的な時代になったじゃないですか。「この話は、マニアック過ぎるからテレビでは扱いません」みたいなことも、YouTubeでは詳しく教えてくれるみたいな。そういう時代になっているので、発信するほうも、ちょっと狭いぐらいのネタでもいいというか、最初から数百万人の人が喜んでくれることを目的にしなくてもいいと割り切っているようなところがあるのかなと。

――なるほど。「万人受け」や「わかりやすいもの」にこだわらず、ある程度マニアックなものを扱っても、それをちゃんと受け止めてくれる人たちがいる時代になっている。

大木:そうなんですよ。そこには絶対ファンがいるので。特に、歴史に関することだと、どんなに細かいところでも、必ずファンがいるんです。だから、熱心な歴史ファンからすると「なんで今まで、江藤新平にフィーチャーした物語が少なかったんだろう?」と待望されていた話なのかもしれません。

 また、そんなに歴史に詳しくない人でも今なら、この本を読みながらYouTubeなどで江藤新平の一生をサラッと勉強することも可能じゃないですか。昔だったら、江藤新平に関する本を何冊か読まないとわからなかったことが、今は一瞬である程度把握できてしまう。だから、「江藤って、最後はこんなふうに世の中を去るのね」と知った上でこの小説を読むことができるし、そうなると味わい深さがまた違うと思うんですよね。新政府で頑張っていたのに、最後はそうなるのかっていう。

――そのあたりは、いわゆる「ネタバレ」とは、ちょっと違うわけで。

大木:そう、ネタバレとは違いますよね。調べればすぐにわかってしまうというか、もはや動かしようない過去の事実なので。逆に言うと、そうやって決まっている史実を踏まえながら、江藤という人物を描くのはすごく難しい。でも、そこが、この小説の面白いところです。

伊吹亜門『雨と短銃』(東京創元社)

――ちなみに、本作の作者の伊吹さんは、この『刀と傘』の好評を受けて、鹿野師光の前日譚である『雨と短銃』という長編小説も書いています。こちらは、まさしく幕末の混沌とした京が舞台で、師光を主人公としつつも、坂本龍馬や西郷隆盛、新撰組の土方歳三などが登場する物語になっていて、そっちはそっちで、かなり面白いんですよ。

大木:幕末オールスターじゃないですか! むしろ、『雨と短銃』の方が一作目じゃなくて、この『刀と傘』が一作目というのも面白いです。一般的な知名度からしても、そちらの方が断然わかりやすいし、普通の発想ならやっぱり有名な人物を主人公に置きたいと思うんです。でも、あえてそうしなかった伊吹さんは、かなりマニアックな歴史ファンなんでしょうね。もし、僕に小説を書く能力があったとしても、やっぱり一作目に、江藤新平はもってこないですから(笑)。そういう意味でも、『刀と傘』は非凡な時代小説だと思います。

伊吹亜門『刀と傘』(創元推理文庫)

■書籍情報
『刀と傘』(創元推理文庫)
伊吹亜門 著
発売日:2023年4月21日
定価:814円
出版社:東京創元社

『雨と短銃』(単行本)
伊吹亜門 著
発売日:2021年2月26日
定価:1,650円
出版社:東京創元社

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