芥川賞作家・高橋弘希が語る、新境地バンド小説の裏側 音楽を志す若者たちの群像劇

 
 『送り火』で芥川賞を受賞した際、選考委員だった奥泉光氏は、「二十世紀零年代に成立した日本語のリアリズムの技法・文体をわがものとして、描写、説明のバランスを的確にとりながら奥行きある小説世界を構築できる力量の持ち主」と評したが、その才能は本作によって、さらなる高みに達していると言っていい。 
 
「当たり前ですが小説のなかで音を鳴らすことはできない。その制約のなかで音楽そのものを描くのは面白かったですね。バンドをやっていたときの経験にフィクションを混ぜながら書いていましたが、小説を書いているときに感じる“ひらめき”をそのまま使っている感覚もありました。書いているときのテンションは高かったかもしれないですね」 
 
 凄腕のミュージシャンを揃え、メジャーデビューを果たした“サーズデイ”は、瞬く間に知名度を上げ、アリーナクラスの会場のライブを狙える人気バンドになる。大きな成功を掴みつつあった葵はしかし、急激な環境の変化、そして、周囲からの期待と自らの表現欲求の間で揺れ動くことに。このストーリー展開には、高橋自身が芥川賞受賞後に経験したことも反映されているのだとか。 
 
「バンドのサクセスストーリーであると同時に、成功した後のこともちゃんと書こうと思って。知り合いのミュージシャンから“サクセスした後のほうが大変”みたいな話もよく聞いていたし、成功した後、バンドがどうなるかという小説はあまりないのかなと。自分自身も、芥川賞を取った後、一瞬だけ売れて。突然、いろんなメディアから“これをやってほしい、あれをやってほしい”と依頼が来たり、街中で突然、知らない人から話しかけられたり。(芥川賞受賞後の)あの体験は微妙だったというか、居心地はあまりよくなかった。この小説にも、そのときのことが少し反映されているかもしれないですね」 
 
 『音楽が鳴りやんだら』のもう一つの軸は、“死”の影が色濃く感じられることだ。葵は自らの音楽を追求するあまり、破滅への願望を抱くようになる。また、バンドメンバーやプロデューサーなども、存在自体を脅かされるような経験に晒される。太平洋戦争中の南方戦線を舞台にしたデビュー作『指の骨』、青森県の中学校で繰り広げられる理不尽な苛めを描いた『送り火』まで、高橋の作品には常に死や暴力がつきまとっているのだ。 
 
「(死や暴力を)テーマにしているつもりはないんですが、日常系の小説が得意ではないんですよね。読む分にはいいんですが、小説家としての自分はそういうタイプではないので。あと、10代の頃に好きだったアクション系、バイオレンス系の漫画や映画の影響もあると思います。特に男子はそういうものが好きだし、あの頃に自分に突き刺さったカルチャーの影響は今もどこかにあるので。音楽もそう。自分にとってのロックは、攻撃力、やかましさ、反抗心とかですかね」 
 
 小説を本格的に読み始めたのは、20歳の頃。「小説は紙と書くものがあればできる。(表現の方法として)それくらいしか思いつかなかった」という高橋は一作ごとにテーマと文体を変化させながら、小説家としての歩みを進めてきた。高橋のもう一つの表現の核である“音楽”“バンド”を描いた『音楽が鳴りやんだら』は、彼の新機軸であると同時に、バック・トゥ・ザ・ベーシックと称すべき作品なのかもしれない。 
 
「これまでの作品に比べたら読みやすいというか、読者を選ばない小説だと思います。バンドの話だし、年齢が若い人も読めるんじゃないかなと。希望が持てる終わり方にすることもわりと最初から決めてました。(作品ごとにテーマを大きく変えることについて)同じことを続けると、同じジャンルで違うことをやらなくちゃいけないから、余計に大変じゃないですか。多くの人に読まれたいという気持ちもありますけど、結局は自分がやりたいようにやっちゃうので。やりたいことをやった結果、たくさんの人に読まれたらちょうどいいんですけどね(笑)」 
 
 この小説のなかには、数多くのバンド名、アーティスト名、楽曲名が登場する(執筆中は、バンドをやっていた時期に好きだった曲を聴いていたとか)。Spotifyでは、本作に関連する楽曲を集めたプレイリストーーシンディ・ローパー、ザ・ドアーズ、セックス・ピストルズ、ジョイ・ディヴィジョン、クラウデッド・ハウスなどーーも公開中。ぜひ、高橋が影響を受けた音楽を鳴らしながら『音楽が鳴りやんだら』に没頭してみてほしい。 

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