鈴木涼美が語る、女性ファッション誌「JJ」が与えてくれたもの 「20歳前後の女性にとって強烈な光となっていた」
ギャル、赤文字系、青文字系……それぞれの楽しさ
――「egg」では大人に消費される「女子高生」という記号を、女子高生たちが自ら再定義し、それによってアイデンティティを守っていたという解釈も面白かったです。ギャルたちの格好がエスカレートしていった理由もよくわかりました。
鈴木:「コギャル」という呼び名は、もともと男性誌で男性が女子高生を眼差したりするときの呼び名だったのが、彼女たちが自ら「ギャル」と名乗って男性に媚びないスタイルを築き上げていったのは面白いですよね。ギャルに多様性はないし、フェミニズム的な運動として捉えられるものではないけれど、あそこまで男性の目線を無視したファッションは他にないのではと思います。ゴングロ三兄弟なんて、ほとんど男性の目線を拒絶するような格好でした。
ギャルは高校を卒業すると赤文字系に転向する人も多かったんですけれど、3年間だけの限定的なものだったからこそ、どんどん黒くなったり、どんどんヒールが高くなっていったりと、過度にギャルらしさが追求された部分もあったのかもしれません。「大学生になったらクイーンズコートで服を買わなきゃいけないんだから、今のうちにギャルやっとかなきゃ」みたいな感じで。
ーーギャルから赤文字系に転向するという流れも、考えてみると不思議な感じがしますね。
鈴木:押切もえちゃんみたいに、ギャル雑誌ですごくブイブイ言わせていた人が「ViVi」とか「CanCam」のモデルになる流れはありましたね。ギャルとして燃えまくって、その後にめちゃモテ系へと転向するねじれ現象は興味深いです。でも、高校生くらいだとクラスの中にいろんなジャンルの人が一堂に会しているから、ふとしたことでガラリと変わったりすることはままあることだと思います。ギャルがヒップホップ系の人と付き合ったことがきっかけでダンスを始めてBガールになったりとか(笑)。当時はR&Bが流行っていて、ギャルもTLCとかローリン・ヒルは聴いていたから、妙なところで接点があったりして面白かったです。
ーー青文字系は進学校に多くて、「モテよりも個性」を信条としているけれど、実際には彼女たちもマジョリティだったという考察も興味深いものでした。
鈴木:「CUTiE」は「egg」と同じだけ売れていましたからね。個人的には「CUTiE」読者も「egg」読者も同じくらいマジョリティだったと思うのですが、青文字系には自分たちはマスではない、オルタナティブな存在だという気分にさせてくれるパワーがあった。当時、「Zipper」などのモデルを務めていた木村綾子さんと昔の写真を見せ合ったりするのですが、そうすると昔になればなるほど、ちょっと似ているところがあったりするんです。どうやら青文字系のブランドは少し高いから、109で似たようなものを探して買ったりしていたみたい。だから、同じ店で買っているんだけれど、気分としてはだいぶ違くて、ギャルは「時代のど真ん中にいるぜ」と思っているし、青文字系は「自分たちはちょっと違うから」と思っている(笑)。そういう気分を盛り上げてくれるのも雑誌でした。
――まさに10代〜20代の女性にアイデンティティを与えていたわけですね。
鈴木:もちろん、雑誌が発信していたのはポジティブなメッセージだけではないし、現在の観点から見て反省すべき点も多いと思います。でも、雑誌が自分に貼るべきレッテルを用意してくれたことが、不安定ではっきりしない自分の形を整える過程で大きな助けになったのは間違いないと思います。若い頃から「自分はこういう思想で生きていく」とはっきりさせる必要もないし、一貫していなくたって全く構わないじゃないですか。自分らしさを大切にするとか、批判なんて気にせずにありのままで良いというメッセージは、建前としてはそれで良いけれど、そもそも自分らしさとか社会的な立ち位置というのは様々な関係性を通じて培われていくもので、自分だけで築くものでもないですよね。あとがきにも書きましたが、私たちは自分たちで右も左も全て判断して、個人の価値観をそれぞれがゼロから作り上げられるほど、大層な存在ではないと思っています。
ーー昨今では多くの若い女性がSNSで発信するようになっていますが、自らをコンテンツ化して発信していかなければいけないというのも大変そうです。
鈴木:本当にありのままを認め合える社会なら、SNSで過剰にマウントを取り合うような状況にはならないと思うのですが、実際はそうではないですよね。みんな自分が信じている正義というものに対して、過度に防衛的になりすぎている面はあると思います。「自分らしく生きる」などのメッセージによって、そもそもの自分が大層な存在であると信じ込まされ過ぎているのは、若いコにとって息苦しいかもしれませんね。ただ、現在はメディアをめぐる状況が過渡期にあって、まだまだ不確かなことは多いけれど、またみんなが本音と向き合う時代は必ず来ると思いますし、その時に若い女のコがどんな発信をしていくのかには大きな期待を寄せています。かつてアンノン族とかJJ女子大生にあった、まだ何者でもない20歳ぐらいの女のコの強さ、自由さみたいなものは、時代が変わっても簡単に失われるものではないので。
■書籍情報
『JJとその時代 女のコは雑誌に何を夢見たのか』
鈴木涼美 著
2021年12月15日発売
定価:1,232円(税込み)
光文社新書
判型:新書判ソフト