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永井みみ『ミシンと金魚』(集英社)
人は、最後の瞬間まで生きているのだ、という当たり前のことをまざまざと突きつけてくる本作の語り手は、施設で暮らす認知症の老女。手に職をつけろという母の教えに従い、洋裁の仕事をしていた彼女は、ミシンを踏み続けた後遺症で、自力で歩くこともできない。そんな彼女の思考回路は、理路整然としているようで、ぼやけているのだが、過去と現在をいったりきたりするうちに、なぜすべての施設職員を〝みっちゃん〟と呼ぶのか、兄の恋人で同じ施設に入居している〝広瀬のばーさん〟となにがあったのか、彼女が人生で背負ってきたものが浮き彫りになっていく。
きのうのことは覚えていないのに、何十年も前の記憶は鮮明に残されていて、唐突に語りはじめること。「息子は元気か?」と聞くたび「死んだよ」と怒るように答えていた嫁が、やがて「元気だよ」と答えるようになっていくこと。そのさまざまに触れて人は〝ボケている〟と判断し、ぞんざいに扱うようになっていく。そのことじたいは、ある程度、しかたのないことだ。けれど「お元気?」と聞いてくる知人に向かって「半分、死んでる」と答え、次は「あらかた死んでる」と答えようと思う彼女は、瞬間と瞬間をつなぐ力は残っていなくとも、その瞬間を彼女らしく力強く生きているのだ。
亡くなった自分の祖母を想い、彼女はどうだったのだろう、と思う。そして、自分はどうなるのだろう、と考える。そのときになったらこの小説のことは忘れてしまっているかもしれない。けれど、それでも記憶の淵にこの小説が沈んでいることは、生きていくうえで必要な〝何か〟になるんじゃないか、と予感させる小説だった。