SF&ミステリの早川書房、なぜ“声優”と“VTuber”のライト系小説を刊行? 進む新たな才能の発掘
最先端のSFに古今のミステリ、そして硬派なノンフィクションで有名な早川書房が、ポップカルチャーの最前線をとらえたライト系の小説を2冊同時に出してきた。声優の卵たちがデビューを目指して頑張る迎ラミン『声【こえ】の優【わざおぎ】』と、人気急上昇中のVTuberがいきなり消えてしまった謎をファンが追う塗田一帆『鈴波アミを待っています』。どちらも「自分を表現したい」という衝動が、若い世代を熱中させるカルチャーの裏側にあることを教えてくれる作品だ。
声優の人気が相変わらず凄い。話題の声優が出演しているアニメ映画の舞台挨拶はチケットが即完売。アニメイベントで開かれるステージも推しの声優を目当てにファンが詰めかける。そんな声優への憧れを、ファンとしてだけでなく演じる側となって叶えたいという人も増える一方。それだけプロになるための競争も激しくなっている。
どうすれば声優になれるのか。どのような気持ちが声優になるために必要なのか。俳優養成所の声優部を卒業した経歴を持つ迎ラミンの『声の優』にはそんな、夢の場所に近づくための道が示されている。まずは声優学校に入ること。主人公の澤山千春は、就職の内定を蹴って大学卒業後に声優学校に進み、千春と養成所で同じグループにいる土井甲斐斗という男性も、31歳で広告会社を辞めて背水の陣で声優学校に飛び込んだ。
遅すぎるかというと、『新世紀エヴァンゲリオン』の綾波レイ役で知られる超人気声優の林原めぐみが、看護師の学校に通い資格もとりながら声優としてデビューした例もあるだけに、“脱サラ”組にもチャンスはある。そんな2人に加え、児童劇団出身で19歳の新宅亮二郎、25歳の現役グラビアアイドルで新路線を求めて声優の勉強を始めた母袋マヤ、中国出身で3歳から日本に住む少女ニーナ・ヤンといったバラバラの経歴を持った生徒が、声優学校で声優として必要なことを学んでいく。
例えば、宮澤賢治の『銀河鉄道の夜』から冒頭の「ケンタウルス祭の夜」を朗読する授業で、セリフの部分ではないところで余計な抑揚をつけないことを講師が指摘する。これは技術的なことで、もうひとつ、朗読している話の舞台が何月なのかをしっかりと考えることも重要と説く。暑さに汗をかきながら話す言葉と、寒さに凍えながら話す言葉は絶対に違う。そうした理解が演技の説得力を深めるのだという。
他にも講師のベテラン声優による強烈なダメ出しがあり、自分に何が欠けているかを考えさせる展開があってと教えられる部分が多々あるが、それらを完璧にこなしたからといって、誰もが声優になれるとは限らない。諦めて別の道を選ぼうという人も出てくるが、そこで突きつけられるのが、この作品が「優」と書いて「わざおぎ」と読ませている意味だ。
「わざおぎ」とは、表現の技術に優れた者、神様を招いて楽しませるような技を持つ者を指す言葉。それに「声」を付けた「声優」を目指したからには、声の表現を極め誰もが喜ぶような物語を紡ぎたいと思って取り組んで欲しい。これは声優に限らずどんな世界でも共通の指針となって、読む人を立ち止まっている場所から前へと歩ませるだろう。