西村京太郎が遺した多彩な作品たちーーその功績をミステリ評論家・千街晶之が語る
現代社会の世相に鋭くあり続けた
西村氏の大きな特徴は日本社会の暗部に切り込む社会派的側面があることだという。
「日本では90年代にオウム真理教の地下鉄サリン事件など、劇場型犯罪やテロが起こるようになります。70年代の十津川警部の初期作品や左文字進シリーズを読むと、そうした社会の世相を早い時期から予見していたことがわかります。特に『黙示録殺人事件』(80年)という長編は、後のオウム真理教の事件を予見させるような内容でした。
元々社会派ミステリーの書き手としてデビューした人ですから、社会の構造に対して、非常に敏感な視線を持っていました。しかもそれを壮大なスケールで作品で写しとることができた。非常に影響力が強かったと思います。
十津川警部シリーズは昨年まで書き続けました。昨年は『石北本線 殺人の記憶』という作品を発表しましたが、これはコロナ禍を扱っているんです。殺人の容疑者と被害者もコロナに感染している。最後に犯人を逮捕する決め手のところでも、コロナが関連していたりする。そういう今の世相を、90歳になっても貪欲に取り込み続けていたのは、凄いことだと思います」
最後にまだ西村作品を読んだことのない若い世代に向けて、特におすすめの作品を紹介してもらった。
「トラベルミステリーから1冊を選ぶのであれば、先ほど話した日本推理作家協会賞を受賞した『終着駅殺人事件』が一番の力作かなと思います。それ以前の初期の作品では『天使の傷痕』も良いですね。あと代表作の『殺しの双曲線』は、”新本格”からミステリーの世界に入った人も、すごく馴染みやすいんじゃないでしょうか。
そして特におすすめなのは、『消えたタンカー』。これは大変な力作です。原油を載せたタンカーがインド洋上で沈没して、船員のうち6人だけが生きて日本に戻ってくる。『その6人を皆殺しにしてやる』という予告状が警察に届いて、実際に1人ずつ殺されていく。途中で犯人らしき人物が出てきて、一旦決着がつきそうになります。しかし、十津川警部はそれが果たして真相なのかと疑って、粘り強い捜査を続けることで、ひっくり返していくんです。この作品はスケールの大きさといい、トリックや推理の充実度といい、西村さんの作品の中でもトップクラスの出来栄えだと思います」
時代は平成、令和と切り替わりながらも、戦後日本社会の矛盾が露出してきている昨今、西村氏の多彩で鋭く世相に切り込んだ作品を読み返すべき時かもしれない。