杉江松恋×川出正樹、2021年度 翻訳ミステリーベスト10選定会議 警察官がひどい目に遭う話が豊作 !?
川出:『自由研究に向かない殺人』は、ある少女の失踪からスモール・コミュニティの秘密が次々に暴かれていくタイプの作品で、犯人とされた青年が死を迎えたことで幕引きが図られる。主人公の高校生はそれに納得がいかず、大学受験のために提出する自由研究レポートとして真相を調べようとするんですね。その調査過程がレポートの形で綴られていく。結末の付け方を含めて、私は非常に感銘を受けた作品でした。
杉江:私も素晴らしいと思ったんですが、1位に推し切れなかったのは、関係者への聞き取りを進める中盤の展開が、読者によっては退屈と取られるかもしれないと考えたからです。一つひとつ情報を集めてゼロの状態から全体図を主人公は作っているわけで、この地道な調査がもちろん必要だし、ミステリーとしては評価すべき点なんだけど、一般読者に向けて読ませるにはちょっと難のあるところなのかと。仕方ないんですけどね。
川出:わかります。
杉江:『父を撃った12の銃弾』は世間の目を逃れて暮らす元アウトローの父親と娘を主人公にした犯罪小説です。物語は娘の成長を描く教養小説のパートと、父親が過去に行ってきた荒事の犯罪小説パートで構成されています。若者が事件を通じて世間と向き合うというタイプの犯罪小説がこのところよく翻訳されているんですが、その決定版と言っていい。
川出:私は引っかかったところが二つあって、一つは父親を追ってくる犯罪組織は、広いアメリカでなぜ親子を発見できるのか。そこのところがリアリズムを満足させる形では書かれていない。もう一つは、少女の成長が描かれるという点はいいのだけど、かなり無頓着に銃器を手にさせている。銃社会のアメリカだからではあるんだけど、それを外した形では書けないのか、とこういう小説ではいつも思うんだよね。もちろんいい作品で、自然描写などは本当に素晴らしい。
杉江:なるほど。お互いの1位にそれぞれ譲れない部分があるわけですね。どっちがいいか主張しだすときりがないと思うので、提案です。二人とも票を投じた作品が四つあるんですが、そのうちの一つが『ホテル・ネヴァーシンク』なんですよね。訳者は『世界が終わるわけではなく』のケイト・アトキンソンや『秘密』のケイト・モートンでもおなじみ、安心と信頼ブランドの青木純子さんです。
川出:おお、意外なところから浮上したね。さるホテルの栄光から滅亡までをクロニクル風に描いた作品で、章ごとに視点人物を変えながら移り変わる時代について語られていく。各章が独立した短篇小説としても読めるという点では『父を撃った12の銃弾』と同趣向だけど、私はこっちが好みです。
杉江:繁昌していたホテルが左前になっていったきっかけは、宿泊客の少年が行方不明になったことでした。それも含めていくつかの失踪事件が起きるのがミステリーとしての軸になります。アメリカ探偵作家クラブのペイパーバック賞を授与された作品で、この賞な何年か前に話題になったビル・ビバリー『東の果て、夜へ』も獲っています(後注:と言っていますが、獲っていませんでした。すみません。イギリス推理作家協会賞のゴールドダガーと最優秀新人賞の同時受賞作です)。どちらかといえば大作主義の最優秀長篇賞よりも冒険的な作風のものが評価される傾向がありますね。どうでしょう、これを1位にしてみるというのは。2位『自由研究』、3位『12の銃弾』でいいですよ。
川出:いいでしょう。そうすると暫定5位だったわけだから、その位置にはさっきの警察小説群から最も上だった『狼たちの城』を入れますか。では、そういうわけで。
杉江:決まりました。
以上、選定会議の模様をお送りしました。みなさんがご存じの作品はランキングに含まれていたでしょうか。挙がったのはみな秀作ばかりです。ぜひ年末年始の読書にご活用ください。すべての議論の模様は以下からご覧になれます。
【選考結果】
1位『ホテル・ネヴァーシンク』アダム・オファロン・プライス/青木純子訳(ハヤカワ・ミステリ)
2位『自由研究には向かない殺人』ホリー・ジャクソン/服部京子訳(創元推理文庫)
3位『父を撃った12の銃弾』ハンナ・ティンティ/松本剛史訳(文藝春秋)
4位『ヨルガオ殺人事件』アンソニー・ホロヴィッツ/山田蘭訳(創元推理文庫)
5位『狼たちの城』アレックス・ベール/小津薫訳(扶桑社ミステリー)
6位『ブート・バザールの少年探偵』ディーパ・アーナパーラ/坂本あおい訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)
7位『血の葬送曲』ベン・クリード/村山美雪訳(角川文庫)
8位『スリープウォーカー マンチェスター市警エイダン・ウェイツ』ジョセフ・ノックス/池田真紀子訳(新潮文庫)
9位『狩られる者たち』アルネ・ダール/田口俊樹・矢島真理訳(小学館文庫)
10位『ファントム 亡霊の罠』ジョー・ネスボ/戸田裕之訳(集英社文庫)
次点『台北プライベートアイ』紀蔚然/舩山むつみ訳(文藝春秋)