連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2021年11月のベスト国内ミステリ小説

酒井貞道の一冊:『コージーボーイズ、あるいは消えた居酒屋の謎』笛吹太郎(東京創元社)

 《コージーボーイズの集い》と称するミステリ好きの会合で、参加者(多くはゲスト)が遭遇した謎が議論され、毎回、カフェの店長が鮮やかに謎を解く。全七篇が小気味よい会話で横溢し、これだけで十分楽しい。だが本当に凄いのは謎解きの匙加減である。毎回、真相はある程度まで読者も予想できる。しかしその先に必ず、泡坂妻夫めいた発想の飛躍ないしねじれを用意して、意外性を鋭く綺麗に打ち出すのだ。しかも汗の跡というか、力んで書いた感触がなく、常に空とぼけた風情が漂う。この楽々とした筆運びは、既に練達の域にある。

藤田香織の一冊:『ビタートラップ』月村了衛(実業之日本社)

 農林水産省のノンキャリ係長補佐・並木承平は、<平凡さが最大の特徴>と自認している三十三歳。現在の恋人は行きつけの町中華でアルバイトをしている留学生だが、その慧淋がある日突然「わたしは中国のハニートラップなんです」と言い出した。並木は半信半疑だったが、次第に不穏な気配が漂い始め――。「罠」そのものより、並木が目を逸らし適当にやり過ごしていた、自らの本心に気付いていく過程がそら恐ろしい。差別、保身、偏見、覚悟。ある?ない? あぁ、どうする、どうなる⁉ からのクライマックスがまた巧い。痛快、とはこのことよ。

杉江松恋の一冊:『残月記』小田雅久仁(双葉社)

 ジャンルでいえば幻想小説かホラーに含まれる中篇集なのだけど、表題作は全体主義国家で収容所送りにされた主人公が生き残りをかけて闘う話だし、巻頭の「そして月がふりかえる」は心理スリラーとして読んでもおもしろいし、ミステリーファンは絶対読むべきだ。月をモチーフにした作品集で、今いるこの世界とは少しだけ違った場所に読者を誘ってくれる。特筆すべきは想像力のおそるべき跳躍で、「月景石」であることが起きたときには椅子から立ち上がりかけたくらいに驚いた。人間の孤独な心を月光によって浮かび上がらせた美しい小説だ。

 二人が推した作品が一冊、今月も出ました。しかし犯罪小説から幻想小説、チャーミングな短篇集と基本はばらばらでしたね。バラエティに富んでいてよろしい。

 さて、お知らせです。年末にはさまざまなミステリーランキングが発表されて世間を賑わせますが、リアルサウンドもやります。それも人気投票形式ではなく、書評家が議論によって順位を決めるという闘うベストテン方式で。

 国内版は「道玄坂上ミステリ監視塔」メンバーでもある千街晶之・若林踏・杉江松恋の三人が。そして翻訳版は川出正樹と杉江松恋の二人が担当いたします。

 それぞれの候補作は別掲の通り。それぞれの作品紹介と議論はYouTubeの「チャンネル杉江松恋」でまずは放送されますが、肝腎肝要の順位発表の記事がこのリアルサウンドに掲載されます。12月下旬になりますので、どうぞお楽しみに。

書評子(掲載順)
千街晶之……ミステリ評論家(@sengaiakiyuki
野村ななみ……「週刊読書人」編集(@dokushojin_NN
若林踏……ミステリ書評家(@sanaguti
酒井貞道……書評家(@haikairojin
藤田香織……書評家、エッセイスト(@daranekos
杉江松恋……ライター(@from41tohomania

チャンネル杉江松恋:https://www.youtube.com/channel/UCeKxCJryvcBw18COdGxVHew

2020年度国内版ランキング決定の模様はこちらから→https://youtu.be/lFuEtij4oYQ

2020年度翻訳版ランキング決定の模様はこちらから→https://youtu.be/rCIu0vwh4eI

国内版候補作(五十音順)
『蒼海館の殺人』阿津川辰海(講談社タイガ)
『あと十五秒で死ぬ』榊林銘(東京創元社)
『アンデッドガール・マーダーファルス3』青崎有吾(講談社タイガ)
『忌名の如き贄るもの』三津田信三(講談社)
『失われた岬』篠田節子(KADOKAWA)
『大鞠家殺人事件』芦辺拓(東京創元社)
『泳ぐ者』青山文平(新潮社)
『おれたちの歌をうたえ』呉勝浩(文藝春秋)
『神よ憐みたまえ』小池真理子(新潮社)
『感応グラン=ギニョル』空木春宵(東京創元社)
『機龍警察 白骨街道』月村了衛(早川書房)
『救国ゲーム』結城真一郎(新潮社)
『時空犯』潮谷験(講談社)
『シンデレラ城の殺人』紺野天龍(小学館)
『テスカトリポカ』佐藤究(KADOKAWA)
『遠巷説百物語』京極夏彦(KADOKAWA)
『トリカゴ』辻堂ゆめ(東京創元社)
『灰の劇場』恩田陸(河出書房新社)
『八月のくず』平山夢明(光文社)
『ペッパーズ・ゴースト』伊坂幸太郎(朝日新聞出版)
『六人の嘘つきな大学生』浅倉秋成(KADOKAWA)

翻訳版候補作(五十音順)
『狼たちの城』アレックス・ベール/小津薫訳(扶桑社ミステリー)
『狩られる者たち』アルネ・ダール/田口俊樹・矢島真理訳(小学館文庫)
『彼と彼女の衝撃の瞬間』アリス・フィーニー/越智睦訳(創元推理文庫)
『自由研究には向かない殺人』ホリー・ジャクソン/服部京子訳(創元推理文庫)
『スリープウォーカー マンチェスター市警エイダン・ウェイツ』ジョセフ・ノックス/池田真紀子訳(新潮文庫)
『台北プライベートアイ』紀蔚然/舩山むつみ訳(文藝春秋)
『父を撃った12の銃弾』ハンナ・ティンティ/松本剛史訳(早川書房)
『血の葬送曲』ベン・クリード/村山美雪訳(角川文庫)
『時は殺人者』ミシェル・ビュッシ/平岡敦訳(集英社文庫)
『ファントム 亡霊の罠』ジョー・ネスボ/戸田裕之訳(集英社文庫)
『ブート・バザールの少年探偵』ディーパ・アーナパーラ/坂本あおい訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)
『ブラックサマーの殺人』M・W・クレイヴン/東野さやか訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)
『ポー殺人事件』ヨルゲン・ブレッケ/富永和子訳(ハーパーBOOKS)
『ホテル・ネヴァーシンク』アダム・オファロン・プライス/青木純子訳(ハヤカワ・ミステリ)
『ヨルガオ殺人事件』アンソニー・ホロヴィッツ/山田蘭訳(創元推理文庫)
『ロンドン謎解き結婚相談所』アリスン・モントクレア/山田久美子訳(創元推理文庫)

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