時代の空気を切り取る川勝徳重の漫画道 「個人的な悩みや苦しみを描くことにはあまり興味がない」

夢・現実・変身・分身

――これまで川勝先生が発表された作品群の中では、個人的には「龍神抄」(『電話・睡眠・音楽』所収)がベストだと思っていますが、同作にかぎらず、現実と幻想(夢)の境界が曖昧な物語が、川勝作品のひとつの“型”としてあると思います。切り口は違いますが、「野豚物語」(『アントロポセンの犬泥棒』所収)などもそうですよね。こうした、ある種、シュルレアリスム的な感覚(夢と現実がごっちゃになるような感覚)は、もともとお持ちでしたか?  たとえば、「美しいひと」(『アントロポセンの犬泥棒』所収)の中でも、「空想は無限に広がっていく」というようなモノローグが出てきます。

川勝:中学生の頃、寺山修司の「どんな鳥だって、想像力より高く飛ぶことはできないだろう」という言葉が好きだったので、その影響は少なからずあるかもしれません。あと、シュルレアリスムも好きだったので、「無意識」の問題にはずっと関心があったっぽいです。

 「あったっぽい」というのは、高校生になり、「澁澤龍彦とかを読むのは幼い趣味なのでは?」と不安になり、隠蔽したからなんですが、最近になって、ようやくシュルレアリスムもやっぱりいいじゃないか、とあらためて思えるようになりました。画面の中央か、3分の1ぐらいのところに水平線があって、なんか変な物体が綺麗なグラデーションの陰影を駆使して描かれていて……みたいな通俗的な幻想絵画をシュルレアリスムと呼ぶ風潮こそがまずいのであって、別にその理念自体は問題なかろう、という考えにいまはなっています。

――シュルレアリスムの「夢」的な表現とは別に、「変身」というのも、川勝作品の重要なテーマのひとつですよね。余談ですが、手塚治虫先生も、自分の漫画は変身の要素が大きいと、『メタモルフォーゼ』のあとがきで書かれていますし、五十嵐大介先生にも同様の発言があります。

川勝:メタモルフォーゼ、ずっと関心がありますね。なんででしょう。小学校が仏教系の学校で、その頃よく聞かされていた説話に、「変身」の話が結構あったからかもしれません。

 手塚治虫で言えば、『ブッダ』の最初の方に、シッダールタがいろいろな動物に乗り移るシーンがありました。幼い頃、あのシーンを読んで結構楽しく、自分でも空想した記憶があります。鳥になったらどうなるだろう、亀になったらどうなるだろうと。手塚漫画の変身には、ある物体なり生物が内側から運動して変化してゆく生命力とエロティシズムを感じます。五十嵐大介先生の漫画もよく読みました。『魔女』とか『そらトびタマシイ』なんか好きでした。

 あと、(変身は)描いてて単純に楽しいんですよ。やっぱり化け物が好きなんですね。基本的にデーモンな、悪夢的なものには惹かれます。

――「夢」や「変身」といった超現実の世界とは逆に、「現実」の部分で言えば、川勝先生ご本人(のような漫画家)が出てくる作品もありますよね。こうしたメタフィクション的な演出も好まれる理由を教えてください。

川勝:“私漫画”的な「ガロ」の文法で漫画の描き方を覚えたので、そのやり方を使いながら、物語にダイナミズムが欲しかったんです。あと、“ハッタリ感”が増すのと、「漫画が作者によって描かれたものである」という自己言及性が担保されるからです。ただ、作者本人の個人的な悩みや苦しみを描くことにはあまり興味ないです。

「アントロポセン」という言葉は悪い意味で使っています

――さて、9月に出た新刊『アントロポセンの犬泥棒』がいま、漫画ファンのあいだでかなり話題を集めていますが、同書には「犬泥棒」というなんともかわいい(と言い切っていいかわかりませんが……)作品が収録されていますよね。その「犬泥棒」というワードをそのまま本の表題にせず、「アントロポセン」(人新世)という言葉をつけ加えた意図を教えてください。

川勝:菅野修に『犬泥棒の夜』って単行本があるんですよ。それと、箕芳・亜蘭トーチカによる同人誌「犬泥棒」(2冊出てます)もありますので、タイトルが被らないようにしました。また、以前、林静一先生に「題名か著者名は『あ』から始めなきゃだめだよ」と言われたのを思い出したり、これまでの単行本は全部タイトルが漢字で、それがなんとなくイヤだったり……そうしたモロモロを考慮したうえで、『アントロポセンの犬泥棒』というタイトルになりました。

 「アントロポセン」は悪い意味で使ってます。学者のダナ・ハラウェイ(生物学・科学史ほか)が、「人新世よりも資本新世、または植民新世という言葉の方が私の好みにあう」というような発言をしていますが、私もそれに賛成です。私が「アニマル・スタディーズ」に関心を持ったのも、戦前児童漫画における動物表象と植民地の問題がきっかけでした。ただ、用語が一般的じゃなさすぎるので「アントロポセン」にしました。

――「アントロポセン」も、それほど一般的ではないと思いますが(笑)。

川勝:いやぁ~、「人新世の資本論」くらい売れたらいいですね(泣)。

――ただ、書店の新刊棚などでパッと目にした時に、意味はわからなくても「なんだろう?」と思わせられる不思議な語感を持った言葉なので、とてもいいタイトルだと思います。それと、目を引くという意味では、装幀もかなり凝っていますね。この、やや小さいサイズで、タイトルのロゴや作者名はシールでカバーに貼る、また、本文のインクを通常の黒(スミ)ではなく、あずき色で刷るという、(漫画の単行本としては)珍しいブックデザインにした意図を教えてください。

川勝:まずサイズについてですが、収録されているのは、スマートフォンでも読みやすいように、縦3段のコマ割りを基準にして描いた漫画がほとんどです。だから別に大きいサイズの本じゃなくてもいいと考えたんです。また、以前、出た本はどちらかといえば文芸書っぽいデザインだったので、今回は、ちょっとおシャレで小ぶりな、「物体としてかわいい本」になればいいなと思いました。

 中のページの刷り色については、当初、デザイナーの森敬太さんからは違う色を提案されていたのですが、紙の色とベタのコントラストがハッキリしなかったので、思い切ってあずき色に変えてもらいました。シールは森さんのアイデアです。ハードカバーの写真集とかで、よく使われている手法だそうですね。

――ちなみに本書には7編の作品が収録されていますが、特に川勝先生が気に入っている作品はどれですか?

川勝:「野豚物語」です。最後のページも気に入っています。今までの漫画とちょっと違う感じがして、描いていて不安でしたが結構ウケたのでよかったです。

 それと「美しい人」に出てくる虫の入ってるカレー屋さん。わかる人はわかると思いますけど、あそこは美味しいので!  ぜひ通ってください。それ以外の収録作も、あまり深く考えずに気楽に読んでいただけたらと思います。漫画なんで。

――今後も、基本的には短編作家であり続けようと思っていますか?

川勝:『河童の三平』や『14歳』、『カムイ伝』のような「強い長編漫画」を描いて死にたいです!

――それでは最後に、ファンの方たちにひと言お願いします。

川勝:意外と私の漫画は読みやすいので、ぜひ『アントロポセンの犬泥棒』をよろしくお願い申し上げます! おもしろかったらAmazonレビューもよろしくお願い申し上げます!

関連記事