『テスカトリポカ』佐藤究×『ルポ 川崎』磯部涼 特別対談 川崎の〝流れ者〟たちが描く世界地図
書くことは橋をかけること
ーーそうした中で、なぜ書くのでしょう?
佐藤:知ってしまったものは伝えるしかないですよね。実は以前、僕もゴンザレスさんや村田らむさんに聞こうかなと思っていたんですよ。ひどい現実をなぜ冷静に書けるのか。たとえば麻薬密売人(ナルコ)の暴力の話とか、知れば知るほど心が折れてくるじゃないですか。それでも書くのは、どうしてなのかなと思う。本当に何なんですかね。使命感でもなく、縁みたいなものかもしれないですね。
見てしまったものを黙っていたら誰もわからない。僕はフィクションを書いているので、物語に出てくる登場人物との縁ができたのかもしれません。直木賞を受賞すると、ひたすら取材を受ける日々が続くんですが、そのたびに思っていたのはコシモをこの場に呼んで、彼に話してもらいたい、ということでした。ほかの登場人物もそうです。「お前ら、どこに行ったんだよ」とため息をついてましたね(笑)。みんな逃げてしまって、取り残された僕だけが代理人としてずっとスピーチさせられているような感じで。
それくらい、登場人物たちの声が自分にとって生きてないとダメなんです。ひどいシーンでもそうなる必然性が人物にあれば作品になる。もちろんフィクションなんですけど、執筆中はこういうひとが実在するんだと思って書いています。
磯部:僕は正統なノンフィクションの書き手ではないので諸先輩方に怒られるかもしれないですけど、下世話な覗き見趣味も重要だと思っています。それこそが、知らない世界に触れるきっかけになる。
佐藤:最終的には好奇心ですよね。やるからには関心を引く。でも、普段の文芸の取材だと角が立つから言わないんですけど(笑)、「この物語がたくさんの方に届いてほしい」「自分の思いが読者に伝わってほしい」という風にはあまり考えていないんです。
僕にあるのは橋をかけるイメージです。行ったことのない向こう岸はどうなっているのか。なかなか行けない所に橋をかけて、行って戻ってこられるようにする。あとはみなさんご自由に、と。だから僕にとって、本の価格は橋の通行料なんですよね。そして物語が橋。途中で本を閉じて、「この橋を渡るのは嫌だ」と引き返すこともあるでしょう。でも橋はそこにかかっているからいい。
我々の仕事は橋をかける仕事。磯部さんがちょうどこの川崎にある六郷橋のように、本という橋をかけてくれたおかげで、僕も地元の方しか知らないような事情を知ることができました。
磯部:川崎にはまさに〝川〟という字が入っていますからね。『ルポ 川崎』の中でも〝川〟を象徴的に書きました。
佐藤:僕の地元の福岡には那珂川という川が流れているんですね。街の中だから自分たちの領域を流れている川というイメージしかなかったんです。ただの風景の一部。でも多摩川だと、たとえば川崎と東京の大田区を隔てて流れたりしているでしょう。こっちと向こうを分けている。あの感覚は本当にすごいなと思いました。「対岸の火事」という言葉の真意が初めてわかりましたね。それはメキシコとアメリカを分けるリオ・ブラボーとも一緒で。
磯部:『ルポ 川崎』の取材を始める発端となったのは、2015年2月に川崎区の多摩川沿いで少年の惨殺体が発見された事件でしたが、そこで川をあの世とこの世、あるいは事件をまさに対岸の火事のように消費する世間と、火に包まれている当事者たちとを隔てる境界線に見立てたんです。
そう言えば、『テスカトリポカ』の川崎の描写ではオリンピック誘致に伴う再開発がひとつのキーになっていました。『ルポ 川崎』の取材時、日進町のドヤは高齢の元・日雇い労働者を収容する施設になっていたという話をしましたが、その後、川崎区ではオリンピックを見込んだ建設ラッシュが起きて、俄に景気が良くなったんですよ。多摩川沿いには綺麗なホテルが建って、羽田空港と川崎区とを結ぶ橋も出来た。そこでは橋が新しい時代の象徴に思えたんですけど、結局、コロナ禍とオリンピックの延期/縮小で、現在はまた街は閑散としてしまっています。
佐藤:川崎にお住まいだったり、あるいは働かれている方から「読みましたよ!」と言われると、あの内容なので大変申し訳ない気がするんですが、作家の役割を考えると、それは単純に善と悪では片付けられない橋をかけることであって、ジャッジをする係ではないんです。もちろん自分が歩いている目の前で危ない目に遭っているひとがいたら、そりゃ助けなきゃいけないけど(笑)。ただ、物語という橋をかけると、意外とそこに住んでいる方々も喜んでくださるケースもあるというか。どうなんですかね……。
磯部:『ルポ 川崎』は、まぁ大方BAD HOP効果だと思うんですけど、普段の自分の、カルチャーや社会問題に関心がある読者とは違うひとたちにも届いたという感じがありました。「初めて1冊読み通した」とか「私も辛いことばかりだけど、頑張ろうと思った」とかみたいな若いひとの感想もたくさん見ましたし。『テスカトリポカ』も眉をひそめるひともいるかもしれないですし、エンターテイメントとして凄いと思うひともいるでしょうけど、例えばコシモの孤独にリアリティを感じるひともいるはずなんですよね。
佐藤:音楽でも文学でも、表面だけの希望じゃないからこそ意味があって、ひどいものをひどいまま見るだけでも、そこに何かが生じるんですよ。何かがあるんです。
■書籍情報
『テスカトリポカ』
著者:佐藤 究
定価:2,310円(本体2,100円+税)
発売日:2021年02月19日
判型:四六変形判
商品形態:単行本
ページ数:560
ISBN:9784041096987
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