藤本タツキ『ルックバック』単行本が人気の理由とは? 再発見された“コミックスの魅力”

 「少年ジャンプ+」で無料公開された際には大きな話題となり、1日で250万以上の閲覧数を記録した『ルックバック』。9月3日に単行本が発売されると、SNSでは単行本を購入したという声や本を撮影した画像が多く投稿された。

 昨今の漫画業界において、Webやアプリを用いてお金を払わずに作品を読めるサービスが急速に広がりつつある。そんな時代でも単行本を購入する読者が後を絶たないのはなぜだろうか。その謎を紐解いていくためのヒントが、漫画をテーマとした作品『ルックバック』には存在していると感じた。

京本が漫画を手元に置いた理由

 本作は小学校の学年新聞に自作の4コマ漫画を掲載していた「藤野」と「京本」の成長を描いた作品だ。高校時代まではふたりで協力して漫画作品を描いていたが、物語の途中でそれぞれ別の道を歩むこととなる。

 作中で描かれる藤野と京本の部屋には、「週刊少年ジャンプ」や漫画と思われる本が大量に置かれている。特徴的な点として、京本は藤野が手掛ける『シャークマン』の単行本と、作品が掲載されているであろう雑誌の両方を所有していたことが挙げられる。単行本もしくは掲載誌のどちらかを購入すれば『シャークマン』を読むことができるが、京本はその両方を揃えていたのだ。

 その他にも京子の部屋からは掲載誌に付属される読者アンケートと思わしきハガキを書こうとした形跡や、同じ巻の単行本をいくつも所持する様子が見られた。読者の人気や単行本の売り上げが大きく影響する週刊誌での連載を応援するために、もしかしたら京本は掲載誌を購入してアンケートハガキを書いたり、同じ巻の単行本を何冊も購入していたのかもしれない。京本の姿から、漫画を購入することは作者への応援したいという意思の表れと捉えることができる。

4コマ漫画を目の前に貼った藤野の心情

 漫画を手元に置く様子が見られたのは京本だけではない。物語のラストシーンで、藤野は京本の部屋から出てきた『背中を見て』というタイトルの4コマ漫画が描かれたと思われる紙を、自身が作業する机の前に貼り付けたのである。

 この4コマ漫画を藤野がはじめて見た場面では、藤野と京本の登場する回想シーンが描かれた。藤野が描いた漫画の原案を真剣に読み、ときに涙や汗を流し、驚き、笑顔を見せる京本の姿。涙を流す京本にポケットティッシュを手渡す藤野や、興奮する京本を眺めながらお菓子を食べる藤野の姿。そしてふたりで笑いあった日のひとコマ。そんな回想の直後に描かれたのは、『シャークマン』の単行本を読みながら涙をこぼす藤野の姿であった。

 漫画を描くことの意味を見失ってしまった藤野が、自身の目の前に4コマ漫画が描かれているであろう紙を貼った理由。それは自分の作品を喜んでくれるファンがいたことや、京本の部屋で『シャークマン』を読み涙を流した日のことなど、大切にしたい過去を忘れないように決意したからなのではないだろうか。

 もしかしたら『ルックバック』の読者が単行本を購入した心情には、作者である藤本氏への応援の気持ちや、『ルックバック』をはじめて読んだときの感情を忘れたくないなど、あのときの藤野や京本の心情に似た思いが含まれているのかもしれない。

関連記事