武器を持たないチョウの“縄張り争い”、なぜ成立する? 研究者が語る、目からウロコの新説

 チョウの最新研究で予想外な結論をスリリングに導き出した『武器を持たないチョウの戦い方』(京都大学学術出版会)。多くの種のチョウの雄同士では、互いに相手の周りを飛び回る「卍巴飛翔」(まんじともえひしょう)が観察される。これは縄張り争いと見なされてきたが、実はチョウ自身にはライバル同士という認識はなく、求愛行動だったと結論づけている。なぜ、雄同士で求愛行動をすると考えられるのか? 科学とは本来どういうものなのか? 著者の大阪府立大学大学院研究員・竹内剛氏に話を聞いた。(篠原諄也)

雄同士で求愛する理由とは?

チョウの研究をする竹内剛氏

ーーこの研究に関心を持ったきっかけを教えてください。

竹内剛(以下、竹内):野外でチョウの行動を見ている中で、一番謎に思ったことがあります。それはチョウは攻撃をしないのに、雄同士の縄張り争いが成り立っているとされていることでした。これが直感的に理解しにくかったのです。

 多くの生物で争いといったら、牙や爪を使った物理的な攻撃を伴います。しかし、チョウは噛んだり刺したりする行動を観察されたことがありません。それでも「卍巴飛翔」で追いかけ合った後に片方が逃げていくことで、縄張りが防衛できているように見える。非常に不思議だなと感じていました。

メスアカミドリシジミの「卍巴飛翔」

ーー竹内さんの「汎求愛説」では、縄張り争いではなく、雄同士の求愛行動だと結論づけています。どういうことでしょう? チョウにとって、異性と同性とは?

竹内:チョウの脳の中はわからないので、行動から見るかぎりのことです。異性か同性かという二者択一の発想ではなく、異性的な要素が強いものから、異性的な要素が弱いものまで、連続的なグラデーションのある世界だと考えられます。

 人間はいろいろなものを分類しますよね。男と女を分けて認識している。ヒトかチンパンジーか、ゴリラかオランウータンかなど、動物を細かいカテゴリーで分けている。しかし、必ずしもそういう認識を他の動物がしているわけではないのです。

 雄のチョウは別の雄が近くに来ても追いかけていく。彼らにとっては配偶して子孫を残す、セクシュアルな魅力のある雌に似ているなと見るからです。しかし、ある時点でどうも違いそうだなと判断すると、もう追いかける必要はない。相手が雌でないならば天敵である可能性が残るので、逃げ出すのです。

ーー求愛行動と考えはじめた当初は、チョウが異性と認識しているのに最後に逃げ出す理由がわからなかったそうでした。それがわかったのは「オッカムの剃刀」という考え方を使ったためとのことですが、改めてどういうことでしょう?

竹内:「あるかないかわからないものは、ないと仮定して説明しましょう」という思考の原則です。たとえば、人間に超能力があるかどうか。ないことは証明できないわけです。もしかしたら、念力やテレパシー能力がある人もいるかもしれない。しかし、誰が見てもわかる形で再現できないかぎりは、いくら本人があると主張しても、ないことにしておきましょうということです。そうしないと、何でもありになってしまいます。

ーーチョウの雄は異性と天敵という認識を持っている仮定は必要だけれど、同性を認識している仮定は必要がないとのことでした。

竹内:チョウが同性という知識を持っていると考えるのは、人間の勝手な仮定に過ぎません。それを仮定しなくても現象が説明できるのだったら、その仮定は外しましょうということです。飛んでいる相手は雌かもしれないし、天敵かもしれない。そうした不確実性の中で生きていると考えたら、相手を追いかけること、その後に逃げ出すことも説明できるのです。

ーーフィールドワークで特に印象に残った場面はありましたか?

竹内:一番記憶に残っているのは、メスアカミドリシジミというチョウの縄張り行動を調べていた頃に、雄同士でグルグル追いかけ合いをしていたときです。それが終わっても、先に相手を追いかけるのをやめた1頭は逃げ去らずに、近くの葉っぱに止まったんですね。おそらく老齢個体で弱っていたのでしょう。すると、追いかけていった個体はどうしたか。同じ葉っぱに止まって、相手に向けてお尻を曲げて、交尾を迫るようなことをしたのです。

 私はその時は非常に例外的なことが起こっただけだと流してしまいました。彼らは縄張り争いをしているものだと思っていたからです。私も偏見でものを見ていたんですね。あとから考えると(雌のようだと認識しているため)求愛・交尾行動に進むんだなと。非常に印象深い場面ですね。

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