マタギは“セルフブランディング”がうまかった? 取材歴15年以上、ベテランカメラマンに聞く特殊な文化
山は天然のフードストッカー
ーー本書はマタギの文化に迫った内容だけではなく、グルメ本としても魅力的です。山菜から始まり、キノコ類、マイタケ、なめこ、しめじ……さらに兎、熊、そしてマスなどの魚。ありとあらゆる食材の宝庫が山に詰まっているんだなと思いました。
田中:山はいわゆる天然のフードストッカーでして、そこに人が住んでるようなものだと。マタギやその家族は、どこに行けばどういう食べ物があるかというのを熟知しているので、冷蔵庫を開いて食材を手に取るみたいな感覚なわけです。
ーー山が巨大な貯蓄庫というわけですね。
田中:そうですね。マタギはその中でも一番難しい猟を行う。もちろん熊だけではなく、ウサギなど小さい獣も狩猟の対象です。昔は子供も学校行く前に罠を仕掛けて、罠にかかった獲物を焼いておやつの代わりに食べたりしていたみたいです。
ーーマタギというと狩猟のイメージが強いですが、川釣りも達人のようですね。
田中:毒猟と言って、昔は毒撒いて魚を獲っていました。昔はたくさんサクラマスが川を上ってきていたようです。
ーー阿仁には本当に豊かな食文化が詰まっているんですね。
田中:本当にそう。ただ食文化というの受け継がれていくものだから、途切れてしまうともうダメなんです。昔のように山での作法を教えてくれる人がいないので、今の子供たちは山に入っていくこともしません。移住してくる若い人もいて地元の人たちに教わって、ある程度はできるようになるんですけど、難しいですね。
ーー肉の種類によって、調理法が変わるというのも面白いですね。兎は内臓も骨も全部鍋に入れて食べるとか。
田中:そうですね、全部入れます。それもまた地区によって少し差がある。いわゆる阿仁町の人たちは兎を食べるとき、内臓を基本的に捨ててしまうんだけど、大阿仁と呼ばれる地域の人は内臓入れて食べます。
ーー腸に詰まっているフンのエキス入れるという衝撃的な話もありました。
田中:そうそう。それも人によってやり方が違って、簡単に腸からフンをシュッって絞り出すだけで、そのまま入れて食べてしまう人もいれば、中をよく水で洗ってきれいにして食べるという人もいる。
ーー阿仁は過疎化が進んでしまって、あと20年すれば、熊を撃てる人がいなくなるという話がありましたが、現在の状況はいかがですか?
田中:もうそれに近い状態です。今現役のマタギは3人ぐらいしかいないのかな。免許は持っているけど実際は猟に行ってない人が多い。自治体から補助金も出ますし、若い継承者を探す取り組みはしているんですけど、なかなか増えないのが現状です。
ただ現在、日本全体として狩猟免許持っている人は増えているんです。そのせいで地域差はありますが鹿、猪の個体数は減ったと聞きます。有害駆除という名目で、実質一年中猟ができるようになったのも要因として挙げられますね。長野県のとある村では補助金として、1頭につき、2万8000円ぐらい支払われます。自治体によって地域差はありますが、補助金の額が1頭につき1万5000円ぐらいになってくると、狩猟が活発になるんですね。狩猟で200万稼いだ人もいますよ。ただ、そうなってしまうと鹿や猪の個体数がすごい減ってしまうわけです。適切な個体数を維持することということは、なかなか難しいのかもしれません。
■書籍情報
『ヤマケイ文庫 完本 マタギ 矛盾なき労働と食文化』
著者:田中康弘
出版社:山と溪谷社
定価:1045円
発売日:発売中