オレンジ文庫編集長が語る、電子書籍と紙書籍それぞれの可能性 「紙が一軍、電子が二軍というわけではない」

今勢いがあるジャンルはファンタジー

――創刊から6年を経たオレンジ文庫ですが、今はどのジャンルに勢いを感じますか?

手賀:ファンタジーです。創刊当初のオレンジ文庫は、ファンタジーメインのコバルト文庫との差別化を図るため、日常ミステリや現代を舞台にした作品などライト文芸らしい路線が多かった。今もごはんものや、あやかし系は人気がありますが、近年はファンタジーの勢いが増しています。

白川紺子『後宮の烏』

 ファンタジー人気の先鞭をつけたのは、白川紺子さんの『後宮の烏』です。ただこの時点では、女性向けジャンルで根強い人気がある中華もの後宮ものゆえのヒットだと捉えていて、ファンタジー要素が受けているという認識はありませんでした。

瑚池ことり『リーリエ国騎士団とシンデレラの弓音』

 そういう意味でターニングポイントになったのは、瑚池ことりさんの『リーリエ国騎士団とシンデレラの弓音』でした。西洋風のいかにもファンタジーらしい世界観で、おまけに主人公は王宮のお姫さまではないごく普通の村娘。そんな『リーリエ』が読者に受け入れられて最初の重版をした時に、編集部の認識が変わりました。『リーリエ』の成功が、オレンジ文庫でもファンタジー路線がいけるという手応えを決定づけたのです。

――ラインナップにファンタジーが増えている実感はありましたが、こういう流れが背景にあったのですね。

奥乃桜子『神招きの庭』

手賀:西洋や中華だけでなく、和風ファンタジーにもヒット作が出ています。奥乃桜子さんの『神招きの庭』も今調子がよいシリーズで、先日発売された3巻も発売後即重版がかかりました。平安ものは中華後宮同様もともと人気のあるジャンルで、オレンジ文庫でも小田菜摘さんの『平安あや解き草紙』などがヒットしています。『神招きの庭』もこれらと同じく和風テイストですが、ジャンルとしては明確にファンタジーです。ファンタジー路線の成功によって、より一層オレンジ文庫のラインナップが広がりました。

――ファンタジー以外で何か注目作はありますか?

阿部暁子『どこよりも遠い場所にいる君へ』

手賀:阿部暁子さんの『どこよりも遠い場所にいる君へ』は、ロングセラーとしてずっと売れ続けている作品です。ファンタジー小説には濃い読者がつきやすく、一度気に入ると発売日当日に買ってくださるので、初動で一気に動きます。それに対して『どこ君』や、須賀しのぶさんの『雲は湧き、光あふれて』などの現代を舞台にした青春ものの購買層は異なり、10代の学生が書店でたまたま見かけて買うパターンが多い。それで琴線に触れると周囲に広めてくれるので、息の長い売れ方をします。特に『どこ君』はTikTokに投稿された動画が話題になり、ますます部数がのびました。

――メディアミックスについてはどのようなスタンスですか。

手賀:基本的にはお声がけいただいたものを受けています。こちらから仕掛けることはほぼないですね。小説はコミカライズがメディアミックスの定番ですが、集英社はそもそもマンガ部門が優れているし描き手も豊富なので、原作つきよりもオリジナルが強い。逆に集英社のメディアミックスの一環として、小説部門を担当して映画ノベライズなどを手がけています。最近でいえば、『ブレイブ ‐群青戦記‐』や『約束のネバーランド』のノベライズがオレンジ文庫から刊行され、4月には同じく『るろうに剣心』も刊行予定です。ノベライズはコバルト文庫時代から続く伝統のあるジャンルです。

新人賞はレーベルの生命線

――バラエティに富んだオレンジ文庫を支える作家について教えてください。

手賀:新人賞出身者と外部作家の両方がいますが、ベースにあるのはやはり新人賞です。名前を変えながらも長年続けているノベル大賞や、短編小説新人賞などで新しい書き手を発掘しています。口はばったい言い方ではありますが、新人賞出身の作家はきちんと面倒を見て、育てていくという意識が強いです。新人賞はレーベルの生命線なので、この路線を崩すつもりはありません。「週刊少年ジャンプ」に代表されるように、集英社はもともと新人の発掘と育成に力を入れている会社ですし、オレンジ文庫でもその精神を掲げています。

 新人賞を受賞しなかった方でも、作品に見どころがあればお声がけしています。例えば『リーリエ』の瑚池ことりさんは、新人賞の最終候補作から見出しました。あと仲村つばきさんも他社さんからデビューされましたが、短編小説新人賞やノベル大賞の最終候補に残ったご縁で繋がっていて、のちにご一緒できる機会を得られました。

――新人賞の重視に加えて、小説投稿サイト「小説家になろう」作品の書籍化に乗り出さないことも、オレンジ文庫やコバルト文庫の特徴です。

手賀:このルートを閉ざしているつもりはなく、ただ単純にその時間が取れないというのが一番大きな理由です。「なろう」で小説を発掘するためには大量の作品を読んで拾い上げる必要があるけど、現状はその作業に割いている暇がない。ご縁があれば出す可能性はありますが、今のところこちらから積極的に取りに行くことはしていません。

――さまざまなジャンルの作品がありますが、どのようにラインナップを決めているのでしょうか。

手賀:こちらから指定するのではなく、作家さんが書きたいものありきで企画を進めています。人気作の後追いをしていてもしょうがないし、そうしたジャンルはすぐに飽和する。この作品やジャンルが売れているから書くという姿勢ではなく、作家さん自身が書きたい物語を追求するよう、アドバイスしています。そのうえで、今の売れ筋ジャンルの読者層にアピールできるよう、アレンジを提案する場合もあります。例えば完全に架空の世界にするのではなく、似たような雰囲気ならば読者によりなじみのあるヴィクトリアンにするのはどうでしょう、というふうに。

――今後のオレンジ文庫が目指す方向性について教えてください。

手賀:幅広いジャンルに挑戦していきたいです。ファンタジーの調子がいいからとそれ一辺倒になるのではなく、お仕事ものや青春ものはもちろん、ホラーもやりたいと思っています。なるべくいろいろな作品を出してみて、万一だめだったとしても、次の機会に別な手法でトライしたい。レーベル全体がトータルで売れていれば新しいジャンルへの挑戦もしやすくなりますし、今後もなるべく多様なラインナップを展開していくつもりです。

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