『鬼滅の刃』愈史郎こそ鬼殺隊勝利への立役者だーー大切な人への愛が繋いだ希望

以下、ネタバレ注意

 無限城とは、地下にあるとおぼしき鬼舞辻󠄀無惨の領域だが、そこに落とされた鬼殺隊の剣士たちは、さまざまな場所で待ち受ける上弦の鬼たちと壮絶な死闘を繰り広げることになる。愈史郎は、珠世の指示で(鬼殺隊の救護・援護活動をおこなうために)無限城に潜入することになるのだが、視覚を自在に操る彼の血鬼術は、まず、何よりも、産屋敷邸で戦略を立てる「お館様」と城内にいる鎹烏(カスガイガラス)の“眼”を共有するための“武器”となるのだった。また、上弦の鬼・獪岳(かいがく)を倒したものの、力尽きて落下していく我妻善逸を宙(ちゅう)で受け止めるなど、驚異的な身体能力も発揮して、鬼殺隊の戦いを彼なりのやり方で援護していく。

 しかし、その戦いが進むなか、無惨を抑え込んでいた珠世がついに殺されてしまう……。それは愈史郎が“すべて”を失った瞬間でもあったが、彼は悲しみを力に変え、無惨を夜明けが近い(注2)地上に叩き出すことに成功するのだった。

注2……鬼は陽光を浴びると死ぬ。

 一方の無惨は無惨で、(本来は彼の支配からほとんど外れているはずの)愈史郎の細胞を吸収しようとするなど、激しく抵抗するのだったが、愛する者を失った漢(おとこ)の想いには敵わなかったものと思われる(この“綱引き”をしている数秒間ないし数分間は、愈史郎と最強の敵・無惨の力は、ある意味では拮抗していたといっていい)。

 いずれにせよ、この時の愈史郎のがんばりなしに、鬼殺隊の勝利はなかったといっていいだろう。その勝ち方、そして、すべてが終わったかに見せかけて再び訪れる衝撃的な展開については、実際に原作をお読みいただきたいと思うが、『鬼滅の刃』の最終章を通して、主人公・竈門炭治郎をはじめとした剣士たちの奮闘とは別に、多くの読者の心になんともいえない感動を残すのは、やはりこの愈史郎の活躍と純愛ではないだろうか。

 ちなみに(蛇足かもしれないが)、なぜ愈史郎は、無限城においてあれほどまでの、つまり、最強の鬼である鬼舞辻無惨と能力の“綱引き”ができるくらいのがんばりを見せることができたのか。それは、いうまでもなく、他の剣士たちと同じように、大切な人の想いを継承していかねばならないという強い意志に突き動かされたからにほかならない。そういう意味では、彼は鬼などではなく、温かい心を持った人であった。

 すべてが終わったあと、愈史郎は、炭治郎が療養している部屋を訪れて、(普段はクールな彼にしては珍しく)優しい微笑みを見せながらこういう。「本当によく頑張ったな。えらいよ、お前は」。これと同じ言葉を、きっと、あの世にいる珠世も彼にかけてやっていることだろう。

(※愈史郎の「愈」の正式表記は許容字体)

■島田一志……1969年生まれ。ライター、編集者。『九龍』元編集長。近年では小学館の『漫画家本』シリーズを企画。著書・共著に『ワルの漫画術』『漫画家、映画を語る。』『マンガの現在地!』などがある。https://twitter.com/kazzshi69

■書籍情報
『鬼滅の刃』既刊23巻
著者:吾峠呼世晴
出版社:集英社
価格:各440円(税別)
公式ポータルサイト:https://kimetsu.com/

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