ふなっしーでお馴染みの船橋市、小説の舞台としての魅力とは? 下町とも郊外とも違う"普通さ"が生み出すリアル

 太宰治といえば東京の西、三鷹にゆかりの深い作家といったイメージが強くある。三鷹で暮らして『走れメロス』や『人間失格』などを書き、三鷹を流れる玉川上水に入って自殺し、三鷹にある禅林寺に埋葬されて6月19日の「桜桃忌」に大勢のファンが訪れる。その太宰が、1年3ヶ月と短い期間だが暮らしていて、亡くなる2年前に発表した回想記「十五年間」に「最も愛着が深かつた」と書いた場所が、千葉県船橋市だ。

 非公認キャラとして活動していたふなっしーが全国区の人気者となり、プロバスケットボールの強豪・千葉ジェッツふなばしが本拠地にして知られている船橋だが、太宰が愛した街らしく、三鷹や吉祥寺や下北沢といった街に劣らず、いろいろな小説で舞台となっている。

 一例が、2015年に出た吉本ばななの『ふなふな船橋』(朝日文庫)だ。夜逃げした父と再婚した母から離れ、船橋で暮らす親戚のマンションに身を寄せた少女が経験する不思議な出来事に、ふなっしーのぬいぐるみが絡む心温まる作品になっている。直木賞作家の東山彰良による大藪春彦賞受賞作『路傍』(集英社文庫)では、池袋や渋谷にはほど遠いものの、そこそこの賑わいを持った情景の中、虚無的な日々を送る若いチンピラの姿が描かれる。アニメ『PSYCHO-PASS サイコパス』の脚本も手がけた深見真のライトノベル『シークレット・ハニー1,船橋から愛をこめて』(富士見ファンタジア文庫)では、美少女スパイたちが世界崩壊の鍵となる男子をめぐって争う舞台となった。

 郊外のベッドタウンとは違うし、亀有や柴又のような下町とも違った近郊の街ならではの"普通さ"が、ストーリーに妙なリアル感を与えている。そんな街、船橋が登場する文芸作品の列に、新しく加わったのが、「新潮文庫×LINEノベル 青春小説大賞」から出てきた水生欅の『君と奏でるポコアポコ 船橋市消防音楽隊と始まりの日』(新潮文庫nex)だ。

 警察や自衛隊が音楽隊を抱えているように、全国の消防にも同じように音楽隊があって、消火や救急といった活動をPRする役割を果たしている。船橋市消防局にも消防音楽隊があったが、入団希望者が減ってメンバーが足りなくなったため、市民から隊員を受け入れることになり、高校に進学したばかりの栗原優芽が参加を決めた。

 高校にも吹奏楽部はあったが、中学時代の苦い経験が優芽に入部をためらわせた。実力と年功がぶつかり合う問題と言えば分かるだろうか。高校の吹奏楽部が舞台になった小説で、アニメ化されて大ヒットした武田綾乃の『響け!ユーフォニアム』(宝島社文庫)でも、主人公の黄前久美子が中学時代に直面した問題。お客さんのように参加する消防音楽隊なら、辛い思いをしなくても良いと思った優芽の気持ちは、運動部も含め同様の経験を持つ人に刺さりそうだ。

 そんな音楽隊に、優芽が高校フルート界の女神と崇めていた近藤奈々子が、芸大卒の指揮者と共に参加して大喜びしたのもつかの間。消防官としての業務をこなしながら音楽隊に参加しているメンバーから、市民団員は遊び半分で良いなと言われてへこみ、経費削減から音楽隊を潰そうとする市役所の意向も見えて、優芽は自分の居場所に不安を覚える。若い世代ならではの青春の迷いが浮かぶ物語。収益には直結しない文化事業が、経費削減の波をもろに食らって衰退の一途を辿る日本の縮図も垣間見える。

 もはや瀬戸際というところから、本職の消防に手を抜くどころか献身的に現場に飛び込み、大けがを追った隊員の音楽隊にかける熱意に刺激され、団員たちが一致団結していく様がかっこいい。大人たちの頑張りに、どこか逃げ場として参加していた優芽が何を思うのか。憧れていた聡明で親切な奈々子が、内に秘めていた負けず嫌いの性格にも触れて、優芽が自分を改める展開からも教わることがありそうだ。

 取りつぶしが決まって挑む最後の舞台は、千葉ジェッツふなばしがホームとしている船橋アリーナで行われる千葉県内の消防隊による大会。結果は果たして? 気になる展開にページをめくる指も走る。

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