1人殺しても地獄に堕ちないが、2人殺すと地獄行きーー斜線堂有紀『楽園とは探偵の不在なり』の独創性

 2016年、『キネマ探偵カレイドミステリー』で第23回電撃小説大賞メディアワークス文庫賞を受賞して、斜線堂有紀は作家デビューを果たした。以後、怒涛の勢いで作品を発表。4冊目の『私が大好きな小説家を殺すまで』あたりから、しだいに注目を集めるようになったのである。

 そして『楽園とは探偵の不在なり』によって、さらにメジャーな存在になることだろう。なぜなら設定を知っただけで手に取らずにはいられない、きわめて独創的なミステリーだからだ。本書は、物語世界そのものに、独自のルールが適用されている“特殊設定ミステリー”である。

 簡単に粗筋を書いておこう。5年前に天使が「降臨」したことにより、常識が一変してしまった世界。天使といっても、灰色の身体は手足が異常に長く、蝙蝠のような翼を持っている。しかも顔は、鉋で削られたような平面だ。なぜか2人以上の殺人を犯した人間を地獄(と人間は思っているが、本当の地獄かどうかは分からない)に引きずり込む。他にも天使の特徴として、砂糖に執着したり殺すと砂になるなど、いろいろあるのだが、煩雑になるのでこれくらいにしておこう。要は、1人を殺しても地獄に堕ちないが、2人を殺すと地獄行きの世界になったのである。

 ただし、それで世の中がよくなったわけではない。1人までは殺してもOKと思う人間が増えた。また、どうせ地獄に堕ちるならと、一度に大量の人間を殺す事件やテロも増えている。主人公の青岸焦は、そんな世界で、細々と探偵稼業を営んでいる。

 「天国の有無を知ることが出来る」という、大実業家の常木王凱に誘われ、彼の王国である常世島に誘われた青岸。王凱は天使や天国にのめり込んでおり、島の館にはさまざまな天使のコレクションがある。さらに島に招かれた客も、天使に強い感心を持つ者たちだった。実は青岸も、過去の悲劇によって、天使と因縁がある。そして不穏な空気に包まれた館で、常木が殺されるのだった。

 ミステリーなので、どこまで内容を書くか迷うが、本書の特異性を明らかにするために、もう少し踏み込む必要がある。孤島の館を舞台にしたストーリーが進行すると、どんどん殺される人が増えていくのだ。えっ、2人殺すと地獄堕ちだから、連続殺人など成り立たないではないかと思われるだろう。もちろん別々の人が殺しているのではないかという可能性はあるし、作中でもきちんと指摘されている。だが曲者の作者が、そんなありきたりの真相を用意するはずがなかった。終盤、関係者を前にした青岸の謎解きには驚いた。この世界だからこその真相に驚愕してしまったのである。

 それとは別に、主人公の在り方にも注目したい。過去の悲劇を引きずり、短絡的な殺人ばかりになった世界で、探偵を続ける意味を見失っていた青岸焦。だが彼は事件と向き合い、犯人の想いを知ることで、探偵であることの意味を取り戻す。さらに天使によってもたらされた新たな世界が絶望に満ちていることを痛感しながら、そこで探偵として生きていくことを決意するのである。その姿は、コロナ禍によって、変わってしまった世界を生きねばならない、今の私たちの心に、強く訴えるものがあるのだ。