宮部みゆき最新作『きたきた捕物帖』はミステリー? 怪談? 自由自在な時代小説の魅力

 さらに第3話「だんまり用心棒」で、ようやく本書のタイトルの意味が明らかになる。地主の屋敷の床下で発見された骸骨の始末を頼まれた北一。事件性はないようだが、骸骨の身元を確かめようとして、湯屋の釜焚きをしている喜多次という若者と知り合う。どうやら骸骨は喜多次の父親らしい。いろいろ秘密のあるらしい喜多次だが、このことで北一に恩返しをしたいという。そして富勘が攫われた事件で、喜多次は北一に協力するのだった。

 ということでタイトルにある“きたきた”は、北一と喜多次のことであった。つまり本シリーズは、バディ物語であるのだ。ここまできて、やっと物語の大枠が分かり、ますます先の話に期待が高まる。

 そしてラストの第4話「冥土の花嫁」は、前世の記憶を持つ娘の生まれ変わり騒動が、殺人事件にまで発展。旦那を失った悲しみを抱える松葉が、この一件に激怒する。輪廻転生の欺瞞を暴くために、騒動の起きた家に乗り込んでいく。そんな松葉の名探偵ぶりが痛快である。

 といったように本書は、謎が合理的に解かれることがあれば、怪談のように終わることもある。また、謎を解くのも、北一とは限らない。1話ごとに、どんな内容になるか分からない、自由自在なとろこが、大きな魅力になっているのだ。

 さらに、北一の成長物語の側面も見逃せない。もともと素直な性格の北一は、自らの境遇を嘆くことなく、真面目に日々を生きていく。さまざまな騒動や事件とかかわることで、少しずつ成長していく。そんな彼の姿を、周囲の大人はきちんと見守っている。若者と大人の温かな関係に、心が癒されるのだ。

 もちろん、いい人ばかりじゃない。文庫屋を継いだ万作夫婦――特に女房のおたまは、なぜか北一を毛嫌いしている。でも、それが世の中だ。第4話で彼はおたまと本格的にぶつかり、ついに独立を決意する。北一(喜多次も)が、今後、どのような人生を歩んでいくのか。本書が出たばかりだというのに、早くもシリーズ第2弾の刊行が待ち遠しいのである。

 なお富勘を始め、本書は『桜ほうさら』と何人かの登場人物が重なっている。また、『〈完本〉初ものがたり』とも、微妙にリンクしているのだ。宮部みゆきの時代小説を読んでいる人なら、さらに深く楽しめるようになっている。こういう読者サービスは嬉しいものだ。

■細谷正充
1963年、埼玉県生まれ。文芸評論家。歴史時代小説、ミステリーなどのエンターテインメント作品を中心に、書評、解説を数多く執筆している。アンソロジーの編者としての著書も多い。主な編著書に『歴史・時代小説の快楽 読まなきゃ死ねない全100作ガイド』『井伊の赤備え 徳川四天王筆頭史譚』『名刀伝』『名刀伝(二)』『名城伝』などがある。

■書籍情報
『きたきた捕物帖』
著者:宮部みゆき
出版社:PHP研究所
https://www.php.co.jp/kitakitamiyabe/

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