交霊会で起こった奇妙な事件、貴族はどう解決する? 『有閑貴族エリオットの幽雅な事件簿』が描き出す、イギリスのオカルト事情

 ヴィクトリア女王がイギリスを統治していた時代をヴィクトリア朝という。産業革命により、工業や文化が発展した、大英帝国の最盛期である。しかし一方では、さまざまな社会の歪も多かった。光と陰に彩られた、独自の魅力を湛えた時代といっていい。

 このヴィクトリア朝を愛する創作者は、現代の日本にも少なからず存在しており、幾つもの物語が生まれている。栗原ちひろの『有閑貴族エリオットの幽雅な事件簿』も、その一冊である。

 本書は全五話で構成されている。冒頭の「交霊会と消えた婚約指輪の謎」は、主人公の貴族エリオットの紹介篇だ。年は二十代半ばから後半。黒髪で、中心にオレンジ色がにじむ真っ青な瞳。しかし肌は死人のように白く、右目は眼帯で隠されている。多くの貴婦人と浮名を流すプレイボーイである一方、“幽霊男爵”との異名もあり。なぜならオカルト関係の事件に目がなく、すぐに首を突っ込むからだ。

 今回も、猛烈に恐ろしいことが起こるため、誰も交霊会の出来事を話さないという“沈黙の交霊会”のことを聞き、興味を惹かれたエリオット。訪ねてきたお嬢さんから、交霊会でなくしたものを探してほしいと頼まれたことを幸いに、“沈黙の交霊会”に乗り込んでいく。

マーク・マクシェーン『雨の午後の降霊会』(創元推理文庫)

 妖精の国ともいわれるイギリスは、昔も今もオカルトが大好きだ。1961年に発表された、マーク・マクシェーンのミステリー『雨の午後の降霊会』を読むと、交霊会(降霊会)が、ある程度ありふれた娯楽として、当時のイギリス人に受け入れられていることが分かる。

 本書の交霊会も同様だ。人々は、いそいそ交霊会に参加する。そして始まった交霊会で、霊媒がエリオットの死んだ母親を降ろすのだが……。ここから作者の小説技法の冴えが楽しめる。

 まず、エリオットの過去だが、航海の途中で家族や使用人が死に、ひとり生き残った。しかも家族の死体を食って命を繋いだという、おぞましい噂が今もつきまとっている。その過去の事件の真相と、エリオットが幽霊を見て話して触れることができるという事実が明らかにされる。そして、これにより交霊会の真実が、無理なく暴かれるのだ。主人公のキャラを立てながら、ストーリーの興趣を増す手腕が優れている。

 さらに、元サーカス芸人で、今はエリオットの家のボーイ(下っ端の男性使用人)をしているコニーの活躍や、一件の依頼人であるお嬢様の正体など、読みどころは盛りだくさん。この話だけで、本書が当たりだと確信できた。

 続く「ミイラの呪いと骨の伝言」は、エリオットがミイラの呪いの真相を合理的に説明する。謎解きの舞台に、大英博物館をチョイスした、作者のセンスが素晴らしい。「修道院の謎と愛の誓い」は、自分とは違った形で幽霊を見ることのできる幼い令嬢とかかわったエリオットが、元修道院に現れる幽霊たちの過去の悲劇を明らかにする。単に可愛いだけではない、令嬢のキャラがよかった。「病める人々と癒しの手」では、ヒステリーの研究で有名な病院に赴いたエリオットたちが、殺人事件を解決する。

 もう一話あるのだが、それについては後述する。本格的なゴースト・ストーリーは「修道院の謎と愛の誓い」で、他の三篇は主人公の設定を巧みに使ったミステリーとなっている。もちろん、すべて面白いので、どちらのタイプの話も大歓迎。また事件を通じて、大国の驕りや、当時の女性の地位など、社会的な問題も指摘されている。ここも見逃してはならないポイントだ。

 そしてラストの「天井桟敷の天使たち」だが、コニーが主人公の番外篇である。休暇を貰ったコニーが、劇場の幽霊話を調べようとして事件に巻き込まれるのだ。かつてエリオットに命を救ってもらってから、彼に依存しているように見えるコニー。しかし、ふたりの関係は、そんな単純なものではないことがこの話で理解できた。作品世界を、より豊かにする重要なエピソードになっているのである。

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