愛しい日々の読書
阿川佐和子が綴る“食卓の思い出”にワクワク 後藤由紀子の『アガワ家の危ない食卓』レビュー
荒井良二さんのイラストによる装丁。眉間にしわを寄せているお父さんが真ん中にいて、八の字に下がった眉毛の娘と平穏な顔のお母さんが描かれていました。昭和の頑固おやじ、寺内貫太郎の世界観です。好きな時代の話だわ〜とワクワクしました。
不味いものを口にしてこそわかる美味しさ
2015年に他界した父の口癖は、「死ぬまであと何回飯が食えるかと思うと、一回たりともまずいものは食いたくない」(本書「旨いプレゼント」より)
というフレーズから始まります。これはなかなかのお父さん!と読む側のハードルがぐっと上がります。「ときどき不味いものを口にするからこそ、その次美味しいものにありつけたときの喜びがひとしお」。佐和子さんなりの反論に深くうなづいてしまいます。決してグルメではなく単に食い意地を張っているだけで、食べることに貪欲というとてもシンプルな印象です。
性格もシンプルで、反論しようものならば本気で憤怒するその一方で、「明日はうまいもん食いに行こう」と不器用な父親なりのフォローが、まったくフォローしきれていないところが何ともチャーミングです。そんなところをお母さんはよーくわかっていて、びくびくする子供たちとは違い、余裕をもって対処できているのは、お父さんより一枚も二枚も「うわて」です。
そんな絶妙なバランスで長年アガワ家の食卓を守ってきたわけです。一主婦としてたいへん勉強になります。やがて下がり眉だった娘は大人になり、ご両親はご高齢になりました。ご実家でお料理をすることが増えたり、健康を気遣ったりと、ただいま我が家もそんな感じです。
この本は空腹時に読むと身もだえる可能性大なので、是非食後に読んでいただきたいと思います。「ひさしブリ」のページでは鼻の奥が照り焼きの香りを欲していましたし、素手おにぎりのページでは生唾を飲む思いでした。普段でしたら世間様に公表しない食卓の様子、その家ならではの調理法があります。
料理本に乗っているレシピはもちろんおいしいんだけれども、それよりも昔から食べている作り方のほうがしっくりくるというか、「いつものアレ」になるんでしょう。食は習慣ですからね。おやつについても甘党のお父さんなのになぜか「おやつ」の習慣がなかったようです。そしてその娘、佐和子さんにも現在に至るまでおやつへの衝動はめったに起こらないそうです。
実際に作ってみたら……
かつぶしご飯に出てくるお弁当がなんともおいしそうで真似して作ってみました。私も相当な食い意地です。もちろん削りたてではないので阿川家のお父様には叱られそうですが。まぁ、それは良しとして(笑)。
ごはん+お醤油まぶした鰹節+焼きのりを2段、牛肉の佃煮、ピーマンの油いため、玉子焼きのお弁当。味は文章を読んで私の勝手な解釈ですから誤差がありそうですが、美味しかったです。お父さんが飛行機に乗るときに機内食よりもこちらを持ちたい気持ちがよーくわかりました。
そんなお父さんの最期の言葉は「まずい」だった佐和子さんも、きりぼし大根とビールの注ぎ方についてはいつも無条件に褒められていたそう。めったに褒めない方がいつも褒めるほどです。それはよっぽどのことだろうと思い、このビール注ぎ方も早速マスターしたいものだと、何度も何度も繰り返し読んでみました。