『あやうく一生懸命生きるところだった』訳者が語る、韓国社会に学ぶ“正解に縛られない”生き方

「頑張ってもどうにもならない」を知った世代

岡崎暢子氏

――実は、今回インタビューの前に、団塊世代の母にこの本を紹介したんです。そうしたらタイトルを見て「なんで一生懸命生きちゃいけないの?」と言われてしまって。

岡崎:フフフ。私も、60代の方からそういう声をいただきましたよ。「読みながら、“そうじゃねえだろ、そこを頑張れよ”って思った」っておっしゃっていて。おそらく、団塊世代が生きてきた時代ってそういう時代だったんですよね。頑張ったらちゃんと返ってくる。給料も常に上がって、結婚もして、子どもを産んで、家も建てて、車も買い換えて……って、それが幸せの基準になった。でも、今は常に給料が上がるなんて思ってないし、私なんぞ人生このかたボーナスなんてもらったことないですし。

――その世代によって、前提が違いますよね。

岡崎:そう。私は「就職氷河期第一世代」と呼ばれる世代なのですが、「頑張ってもどうにもならない」時代だったけど、「なんだか上手くいってる」ブイブイ言わせているバブル世代の背中も間近で見てるし、浮かれた社会の空気も嗅いだ。だから、あんなふうになるために一生懸命頑張らなくちゃと、もがき続けてきた。もう少し後ろの世代だったら「もうどうにもならない」って悟れたかもしれませんが、「まだどうにかなるんじゃ」とか「好きなことを仕事にしたい」「仕事はやりがいのある仕事をしなくちゃ」という今なら贅沢と言われそうな気持ちも、個人的には心の片隅にずっとあって。ちなみに、佐藤さんはゆとり世代ですか?

――私はちょうど就職氷河期からゆとりになる境目で。親や上司が言う幸せの形は「どう頑張っても無理」って先輩は言ってるのにめちゃくちゃ頑張ってるし、私たちも頑張らないと“普通”や“平均”にも到達しないんじゃないか、っていうプレッシャーは常に感じていました。でも、後輩たちはすでに達観してて(笑)。

岡崎:生まれながらの中間管理職世代(笑)。

――そうなんです。だから、この本のタイトルも、それぞれの背景によって見え方が全然違うんだろうなって思いました。

岡崎:はい、多分この本のメッセージとしては『あやうく一生懸命生きる“だけ”になるところだった』みたいなのが、より近いかもしれませんね。その一つの頑張り方だけに縛られるところだった、っていうか。この本も、すごく努力して、病んでしまいそうなくらい頑張ったハ・ワンさんが書いているからこそ響くのであって、エッセイだけど、人生に対する気づきがあって、着地している。ダラダラ生きるための言い訳本にはなってないんですよね。

――韓国でベストセラーになった背景も、やはり時代の変化が大きいのでしょうか?

岡崎:そうですね。この本が韓国で出版されたのが2018年1月なのですが、すでに土壌として「ありのままの自分を大事にしよう」コンテンツが広まっていて。今、日本でも爆発的に売れているキム スヒョンの『私は私のまま生きることにした』がベストセラーになったり『ぼのぼのみたいに生きられたらいいのに』とか『くまのプーさんの言葉』など、肩の力の抜けた可愛いキャラの名言で癒やされたいみたいな空気があって。

――その前までの流れとは、変わってきたということですか?

岡崎:私は2001年に韓国に留学していたんですが、2000年代の韓国では日本のビジネス書がたくさん翻訳されていたんですよね。「朝活で成功する~」とか「大手企業式仕事法~」みたいなモーレツ系がいつもベストセラーになってて。知り合いの韓国人も、朝5時にプールに行って、6時半から英語の塾に行って、それから会社に行く、みたいな生活をしていたんですけど、やっぱりみんな疲れちゃうんですよね。景気はずっと低迷していて、大手企業だけが一人勝ち。だから、みんながいい会社に入ろうと猛勉強するからTOEIC970点ぐらいじゃ全然歯が立たないみたいな世界で。それに「ナッツリターン事件」などに代表されるような格差も顕著化し、政治への不信などもあり、若者たちの間に自国を「Hell(地獄)朝鮮」と呼んだりして、「どんなに頑張ってもダメじゃん」っていう空気が蔓延してきたように見えました。

――韓国人と日本人、抱えている問題が近いんですかね?

岡崎:そうだと思います。以前、2013年から1年ほど、韓国の新聞社が日本向けに出していたタブロイド新聞の編集をしていたことがあるのですが、高齢化とか出生率の低下、経済力の急落など、一昔前は「日本の社会問題は韓国の20年後の姿だ」と言われていたんですけど、その仕事をしていたときに「もう20年も差が開いていないよね」って話を記者の方もしてて。ほとんどタイムラグがなく同じよう問題を抱えるようになって、案件によっては韓国のほうが深刻なものもある。ちょっとこのインタビューの前に、国連が出している世界幸福度ランキングを見返したんですが、156ヶ国中、日本が58位、韓国が54位で、すごく近い。メッセージ性の強い音楽や、生き方を考える本が、同じようにヒットするのも、幸せに対する考え方っていうのがリンクしているんじゃないかなって感じました。

――映画『パラサイト 半地下の家族』でも、若い人が能力があってもフリーターや浪人でいる姿が描かれていて、印象的でしたね。

岡崎:私も留学していた当時は、街並みや行き交う人を見て韓国って日本と違って貧富の差がすごくあるなあと思っていたんですけど、最近では日本にもその格差はすごくあるんだよなって実感していて。でも見えないようにしているところに、より不健康さを感じています。隠蔽体質の上になり立っている見せかけの平和というか。

――日本に比べると、韓国は「これはおかしい」って発信するエネルギーが強い感じがしますよね。

岡崎:やっぱり韓国の方は、民主化を自分たちで勝ち取ってきたっていう自負があるので。知り合いの韓国人にはいつも「日本人はこんな状況にも何も言わないから本当に不思議」って言われています。私たちの世代以降の日本人の多くは人権を脅かされるような心配をすることもなかったので、声のあげ方がわからない。韓国のろうそくデモなどを見て「ああ、あんなふうに声をあげていいんだ」と逆に気づかされるというか。日本は表面上はすごく平和でしたけど、もしかしたらぬるま湯に浸かったまま茹でられているのに気づいていないだけかもしれませんが。

――日本人がどこかで違和感を持ちながらも「当たり前」として見ていたことを、韓国の本や映画を鏡にして気づくことも多くなったような気がします。

岡崎:そうですね、どちらの国も抱えている問題が似ているので。その意味では韓国の人が書いた本を読むことで、すごく自分たちのことも見えてくるのかなっていう気はします。『82年生まれ、キム・ジヨン』のヒットもそうですがフェミニズムなどについても、そうですよね。韓国では、あの本に共感する人が多くいた一方で、「読むな」と反対する声も多く上がっていて。でも、そうした反対意見に負けずに、まずは自分の思いを声に出していくっていう強さが羨ましいなとも思いました。

関連記事