SF作家 伴名練の『ドラえもん0巻』レビュー:『ドラえもん』は日本SF史に刻まれた伝説だ

 スタート地点から違うのだから、話の展開も変わってくる。『よいこ』ではポケットから道具を一度も出すことなくドラえもんの変な行動力のみを笑いにし、『幼稚園』では借り物を壊してしまったのび太をドラえもんが助ける。『小学1年生』ではセワシが「1年生にもなって、おつかいもできないんじゃ。」とのび太に苦言を呈し、ドラえもんがのび太のおつかいを見守る。『小学2年生』ではのび太のかくし芸をドラえもんが手伝う。のび太が悲惨な未来を辿ることを明かす『小学3年生』『小学4年生』でさえ、将来を見せる手段も話運びも全く異なっている。アルバムを通じてショッキングに伝える『小学4年生』に比べて、『小学3年生』ではタイムテレビを使った天丼ギャグの中で見せることで、シリアスさを緩和しているのだ。かてて加えて、六作品で当然のようにオチが異なる。それぞれの読者にとってもっとも面白いドラえもんを届けたいという熱意が、「違い」を生んだのだ。

 これだけ多彩に第1話を描き分けても、コミックスとして残る「正史」は一本だけだと、藤子・F・不二雄は当然承知していただろうが、それでも手を抜いて水増しした作品がないことは、こうしてまとめて読んだ読者には一目瞭然である。そこから感じ取れるのは藤子・F・不二雄の、漫画家としての矜持、そして子どもたちへの想いだ。

 藤子・F・不二雄が、自作に何度も手を入れる漫画家だったということも忘れてはならない。別パターンの最終回2つが発表されたのちの決定版として「さようならドラえもん」が生まれたとか、『のび太の鉄人兵団』のエンディングが発表後に描き直されたとか、発表から遥か後年になって『おばあちゃんのおもいで』に加筆がなされたなどの、ファンによく知られたエピソードは、機会があれば満足いくまで直しつづけ、よりよい物を作ろうとする、クリエイターとしてのFの執念を感じさせるものだが、思えば6パターンの第1話も、そういった試行錯誤の過程とも言える。ドラえもんが何者なのか――どんな性格で、どんな風に行動し、どんな風にのび太を助けていくか、ドラえもんの「正体」をF自身が作品と対話し、探ろうとしたのだ。そう考えればタケコプターなしに空を飛ぶ『小学1年生』のドラえもんも、あり得た可能性の一つだったのだろう。

 第0巻に収録されたのは他に、設定説明の一部がコミックス第1巻1話に流用されたエピソード、ドラミ初登場のエピソード、漫画ドラえもん誕生までを描くエッセイコミック、連載予告ページなど。いずれも作品世界の礎石に触れられる内容である。『23年ぶりの最新刊』と銘打たれたこのコミックスだが、23年前に刊行されたてんとう虫コミックス45巻以降も、実は『ドラえもん』のコミックスは再編集や未収録集のシリーズが何度も刊行されている。それらと「第0巻」が決定的に違うのは、てんとう虫コミックス『ドラえもん』としての通し番号を得ていることだ。その裏には、話題性や売り上げを見込んでという理由もあるだろうが、「この本を読んだ後、もう一度、てんとう虫コミックスを読み返してほしい」という願いも含まれているに違いない。昔さんざん読んだという読者も、第0巻を読んだあとならまた違う面白さを見つけられるかもしれない。50年前、6つの第1話を経て誕生したドラえもんは、いつでも読者を待っている。

■伴名練(はんな・れん)
1988年生まれ、小説家。2010年『遠呪』にて第17回日本ホラー小説大賞・短編賞を受賞(『少女禁区』に改題し、同年角川ホラー文庫発売)。2019年早川書房から発売された『なめらかな世界と、その敵』が発売後即重版され話題に。また、同作の印税は全て京都アニメーションに寄付された。

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