限界集落を巡る、悲劇と喜劇のミステリー 米澤穂信『Iの悲劇』が問いかけるもの

 最後に目次に注目したい。序章で「悲劇」に始まった物語は、終章で「喜劇」に代わる。『軽い雨』から『浅い池』、『重い本』、『黒い網』、『深い沼』、『白い仏』へと繋がり、花咲く4月から始まった蓑石の物語に、白く美しい雪が舞う。

 つまり、「悲劇」から「喜劇」へと転じる序章と終章のその間の6章のエピソードには、「軽い/重い」、「浅い/深い」「黒い/白い」と相対する言葉が散りばめられているのである。相対する言葉はいついかなる時も交換可能だ。喜劇『ヴェニスの商人』はシャイロックからすれば悲劇であるように、「喜劇」は一方からすれば「悲劇」であり、誰かにとっての楽園は誰かにとっての不毛地帯で、「正しい」と思われていることが、本当に正しいとは限らない。正解はないのである。そこに人が生きている限り、葛藤は続く。

 終章を「喜劇」ととるか「悲劇」ととるか。地方によくありがちな話として受け止め、考えないままでいるか、我々の切実な問題として受け止めるかは、読者一人一人にかかっている。

■藤原奈緒
1992年生まれ。大分県在住の書店員。「映画芸術」などに寄稿。

■書籍情報
『Iの悲劇』
米澤穂信 著
定価:本体1,500円+税
発売日:9月26日
発売/発行:文藝春秋

関連記事