山口百恵、あおい輝彦、野口五郎、西城秀樹、桜田淳子……50年前のヒットチャートを彩った若きスターたち
楽曲のヒットや人気を測る指標が多様化した昨今。年末の風物詩『NHK紅白歌合戦』(NHK総合)に出場するアーティストの選考でも、CDの売り上げだけでなく、ストリーミング再生回数やSNSでの反響、ライブの実績、世論調査など、さまざまなデータが参考にされている。
一方、50年前の1976年に目を向けると、当時のヒットチャートには、その年の音楽シーンを彩った若きポップスターたちが名を連ねていた。
山口百恵とあおい輝彦、数週間にわたってヒットチャートの1位を記録
1976年10月、ヒットチャートには山口百恵「パールカラーにゆれて」、あおい輝彦「あなただけを」の文字が縦に並んでいた。さらに野口五郎「針葉樹」は最高2位、西城秀樹「若き獅子たち」は最高4位、桜田淳子「ねえ!気がついてよ」は最高2位を記録している(オリコン調べ/※1~5)。ストリーミング再生やSNSがなかった時代だが、この顔ぶれは同年末の『第27回NHK紅白歌合戦』にも揃って出場。このヒットチャートから、当時の音楽シーンを代表するスターたちの存在感が浮かび上がってくる。
中でも山口百恵の勢いは際立っていた。9月発売の「パールカラーにゆれて」は、数週間にわたって連続でヒットチャートの1位を記録。さらにその約3カ月前には、「横須賀ストーリー」(1976年6月発売)も最高1位を獲得しており、同年に2作のシングルをチャート首位へ送り込んだ(オリコン調べ/※1)〈これっきり これっきり もうこれっきりですか〉という歌詞が印象的だが、そこには男性から都合よく扱われる女性の複雑な心情が込められている。当時17歳でアイドル的な人気を集めていた山口にとって、新境地を切り拓く楽曲となった。
また、同曲を手がけた阿木燿子(作詞)、宇崎竜童(作曲)夫妻には、山口本人の希望とも伝えられる楽曲制作の依頼が届いていたという。阿木は「あの時代に、アイドルでありながら、事務所に自分の意見を言えたというのがすごい。結婚・引退もそうですけど、百恵さんは自分の運命を、自分で切り拓いていったんですね」と振り返っている(※6)。そうしたエピソードからも、山口が1976年、単に人気を拡大させただけでなく、自らの意思で歌手としての新たな方向性を打ち出したと言えるのではないだろうか。同年の『紅白』ではそんな「横須賀ストーリー」が歌われたのだ。
山口と同じ1976年に「オリコン週間シングルランキング」で最高1位を獲得したのが、あおい輝彦の「あなただけを」だった(オリコン調べ/※2)。すでに歌手、俳優として人気を集めていたあおいだったが、「あなただけを」の大ヒットで初めてソロ歌手として『第27回NHK紅白歌合戦』出場を果たした。ちなみにあおいは、同年11月公開の映画『犬神家の一族』で犬神佐清と青沼静馬の二役を演じている。佐清の白いゴムマスク姿が強烈な印象を残したほか、湖面から両足が突き出た静馬の場面は、映画史に残る有名な場面となった。今振り返ると、1976年は“あおい輝彦イヤー”だったとも言えそうだ。























