山口百恵、あおい輝彦、野口五郎、西城秀樹、桜田淳子……50年前のヒットチャートを彩った若きスターたち
新御三家、桜田淳子、太田裕美……『紅白』へ続いたスターの躍進
山口とあおいの楽曲がそれぞれチャート首位を獲得する一方、1970年代の男性アイドルシーンを語る上で欠かすことができない新御三家の西城秀樹、野口五郎も充実期を迎えていた。1976年1月には、郷ひろみも迎えて新御三家揃い踏みで、特別公開放送『ベスト3夢の顔合せ』(日本テレビ系)の「新御三家武道館で対決」を日本武道館で行い、話題となった。
野口五郎は『第27回NHK紅白歌合戦』で、紅組・山口に対する形で白組のトップバッターに抜擢。『紅白』のトップバッターは、会場の空気を盛り上げる重要な役割を担う。そこに野口と山口が起用されたことからも、当時の二人に寄せられていた期待の大きさが窺える。
西城は前年の1975年11月3日、日本人のソロ歌手としては初めて日本武道館での単独コンサートを開催したばかり。男性アイドルの枠を超え、日本の音楽シーンを牽引する存在となっていた。1976年末の『紅白』には3回目の出場を果たし、アーティストとして進化過程の中にあった曲「若き獅子たち」を携えて出場した。
桜田淳子は、山口、森昌子とともに“花の三中トリオ”と呼ばれた。1975年には『スプーン一杯の幸せ』で映画初主演を務めている。1976年5月発売の「夏にご用心」、そして8月発売の「ねえ!気がついてよ」を続け様にヒット。「夏にご用心」で3回目の『紅白』出場となった。大人路線へと歩み始めた山口とは対照的に、桜田は年齢そのままの等身大の魅力を放っていた。
同じ1976年秋には、太田裕美の「最後の一葉」もオリコン週間シングルランキングで最高5位を記録(オリコン調べ/※7)。同年末には『紅白』初出場を果たし、「木綿のハンカチーフ」を披露した。
50年前のヒットチャートに並んでいたのは、それぞれに異なる個性と魅力を持ち、歌手として新たな可能性を切り拓こうとしていた若きスターたちだった。1976年秋のランキングを振り返ると、スター同士が競い合い、互いの存在を刺激にしながら、日本のポップシーンを盛り上げていた当時の熱気が伝わってくる。
※1:https://www.oricon.co.jp/prof/213023/rank/single/
※2:https://www.oricon.co.jp/prof/28071/rank/single/
※3:https://www.oricon.co.jp/prof/252190/rank/single/
※4:https://www.oricon.co.jp/prof/226168/rank/single/
※5:https://www.oricon.co.jp/prof/211437/rank/single/
※6:https://news.1242.com/article/112779
※7:https://www.oricon.co.jp/prof/231432/rank/single/


























