沢田研二、ソロデビュー55周年 小椋佳、堺正章、野口五郎、泉谷しげる……1971年から続くそれぞれの歌手人生
沢田研二が11月1日、ソロデビュー55周年を迎えた。ザ・タイガース解散後の1971年にソロ活動を開始してから55年。現在もステージに立ち続け、歌手としての歩みを更新している。
1971年に新たな歌手人生を歩み始めたのは、沢田だけではない。銀行員として働きながら音楽活動を始めた小椋佳。ザ・スパイダース解散後にソロ歌手として歩み始めた堺正章。15歳で歌手デビューした野口五郎。そしてフォークシーンから登場し、マルチに活躍する泉谷しげる。いずれも1971年に歌手としての新たなキャリアをスタートさせ、2026年にデビュー55周年を迎えた。彼らはこの半世紀以上を、どのように歩み、現在へとつないできたのだろうか。
沢田研二
1968年に後楽園球場で単独コンサートを開催し、米『Rolling Stone』誌で日本人初の表紙を飾るなど、日本のバンド史に残る偉業を成し遂げたザ・タイガース。解散後、シングル『君をのせて』でソロアーティストとしてデビューしたのが沢田研二だ。
当時の海外音楽シーンの流行をいち早く取り入れた先鋭的な音楽性と、ジェンダーレスな衣装やメイクで、日本のポップアイコンとして国民的な人気を集めた。パラシュートを背負い電飾で飾られた衣装が話題を呼んだ「TOKIO」、中折れ帽を斜めにかぶるスタイルがトレードマークとなった「勝手にしやがれ」、ジャングルビートを取り入れた「晴れのちBLUE BOY」は代表格にあたる。人気は海を越え、「巴里にひとり」のフランス語版「MON AMOUR JE VIENS DU BOUT DU MONDE」は、フランスのラジオ番組のチャートで最高4位を獲得した経験も持っている。
還暦を迎えた2008年に開催した『人間60年・ジュリー祭り』を開催。75歳の誕生日には、さいたまスーパーアリーナでバースデーライブ『沢田研二 LIVE 2022-2023「まだまだ一生懸命」』の開催をはじめ、年齢を逆手に取ったユニークなライブタイトルも印象的だ。来年は『沢田研二 LIVE 2027 「NoWarの祈り」』と冠したツアーを行う。
小椋佳
布施明の「シクラメンのかほり」や美空ひばりの「愛燦燦」といった歌謡史に残る名曲の作詞作曲で知られる小椋佳は、東京大学法学部卒業後、銀行マンとして働きながら1971年にアルバム『青春‐砂漠の少年‐』でデビュー。収録曲「しおさいの詩」と「さらば青春」が映画『初めての旅』の主題歌に起用された。
フォークを基調とした口ずさみやすいメロディと、青春の光と影を歌った普遍的な歌詞、耳触りの優しい歌声で幅広く活躍した。100万枚のセールスを突破した3作目のアルバム『彷徨』(1972年)や、細野晴臣、井上陽水、矢野顕子、高中正義らが演奏で参加した『残された憧憬』(1974年)などが代表作になる。作家として多くのアーティストへの楽曲提供を行ってきたほか、学校の校歌や『みんなのうた』(NHK総合)の楽曲も手がけている。
1993年に銀行を退職して以降、精力的なコンサート活動を開始し、現在も全国各地で『歌紡ぎの会』を開催している。70歳を迎えた2014年には『小椋佳 生前葬コンサート』、10年後の2024年には『図らずも生き延び過ぎて 〜葬式後10年〜』といった、人生観や死生観を感じさせるタイトルでライブを開催した。






















