GANG PARADE THE LAST ROAD Vol.7:ユイ・ガ・ドクソン「大事にしたい日々なのは変わらない」 追い求めた面白さ、貫く好奇心

2026年、GANG PARADEは解散する。その事実を前にして、彼女たちは今何を思うのか――。「信じたくない」といまだに思っているかもしれない。もうずっと前から終わりを覚悟していたと思っているかもしれない。あるいは、ただ静かに、胸の奥に何かが積もっていくのを感じているだけかもしれない。その最後の心の機微をリアルサウンドは全力でキャッチしようと思う。最初で最後のGANG PARADEメンバーのソロインタビュー連載をここに始める。撮影のために、メンバーにはいちばんお気に入りの衣装、いちばん思い出深い衣装をそれぞれに選んでもらった。インタビューの最後には、GANG PARADEの衣装をすべて手がけてきた外林健太のコメントも掲載する。最後の道を歩く11人の声、思いをここに刻んでいこうと思う。
第7回目、折り返し後半のスタートは、ユイ・ガ・ドクソン。「アイドルになりたい」ではなく、「人生を面白くしたい」と思っていた――そう彼女は今回のインタビューを通して話してくれた。いきなり結論のようなことを言ってしまうが、それこそがドクソンという人の、アイドルのど真ん中を貫く本質なのだ。GANG PARADEのあり方は、一般的なアイドルとは一線を画していた。派手に輝くことより、混沌のなかで生き抜くことを選ぶこと。ファンを“遊び人”と呼び、ライブ会場を“みんなの遊び場”と定義する。“かっこいい自分たちを見せる”のではなく、“ありのままを見せる”という誠実さが観る者の心を掴んでいった。完璧じゃなくていい。混沌としていていい。それでも楽しくて、面白くて、愛される場所を作ることができる。その証明を、このグループは体を張って示してきた。ドクソン自身もまた、加入してからの丸10年、そんな生き方をしてきたのだ。
今回は彼女がGANG PARADEのメンバーになる以前、以後の話を聞かせてもらった。インタビューの始まりから「昔のことはあんまり記憶がない」と飄々と言っていたが、2016年11月、自身が加入した新しい体制でGANG PARADEが始動した初ライブの幕が開く瞬間の緊張を彼女は今でも鮮明に覚えていると、のちに話をしてくれた。そして解散が決まった今、ユイ・ガ・ドクソンが心配しているのは自分自身のことではなく、遊び人たちのことだ。その言葉のあたたかさと強さに、この人がGANG PARADEで過ごしてきた時間の全部が滲んでいるような気がしてならない。
ユイ・ガ・ドクソンが止まらずに、常にわくわくしながら歩き続けたこれまで、そしてこれからの物語にぜひ触れてほしい。(編集部)
幼少期の習い事=ピアノ、音楽への意識「好きなものではあったと思う」
――まずは生い立ちからお話をお伺いします。
ドクソン:あんまり記憶がないんですよね。
――幼少期の出来事は、特にそういう感じがありますよね。そのへんは、あまり気にせずでOKです。公式プロフィールでは10月21日生まれ、滋賀県出身となっていますが。
ドクソン:緑が多くて、山がそこらへんにある場所で育ちました。
――どんな子どもでした?
ドクソン:活発な時期もあったり、内気な時期もあったり。時期によっていろいろでした。
――当時好きだったことは?
ドクソン:運動会が好きでした。勉強は、九九とかはめっちゃ好きでした。
――文武両道じゃないですか。
ドクソン:勉強は、どっちかというと嫌いだったと思います。「勉強って本当にいるのかな?」と思いながらやっていました。
――習い事はやっていました?
ドクソン:ピアノをやっていました。いちばん長くやっていたのがピアノです。家にピアノがあったので、自然な流れで始めました。
――今でもピアノは弾けます?
ドクソン:今はピアノに触る機会がなくなったので弾けないかもしれないです。でも、「久しぶりにやりたいなあ」とたまに思います。ピアノはやっててよかったです。ギャンパレでハモを多くやらせてもらっているので、そういうのに活かせてます。
――子どもの頃の趣味とかは?
ドクソン:飽き性だったので、その時々でいろいろだったんですけど、絵を描いたりとかですかね。
――ピアノを長くやっていたくらいですから、音楽は好きだったんでしょうね。
ドクソン:そうですね。好きなものではあったと思う。でも、J-POPとかの楽曲とかに触れるのは、結構遅かったんじゃないかな? テレビで音楽番組とかを観るのは好きでした。アイドルを好きになったのも、遅かったんですよね。
落ちた時はすごくショックでした。「また普通の生活になるの、つまんないな」って

――自分もアイドルになろうと思ったきっかけは、どのようなことでした?
ドクソン:「アイドルになりたい」というよりは、「人生を面白くしたい」ってずっと思っていたからです。初めて受けたのがBiSHのオーディションだったんですけど、その時にいろいろ調べたり、観たりして、WACKがそれまでにやってきた歴史がすごく新鮮で面白いなと感じて。衝撃的でした。ほかにそういうことができる何かを私は知らなくて、「やりたいな」と思いました。
――初めて受けたBiSHのオーディションというのは、BiSH結成時の?
ドクソン:そうです。SNSでたまたま見かけたのがきっかけです。その頃、初期BiSは知っていました。調べていくうちに面白いなと思って、受けることにしました。
――初期BiSは、なかなかぶっ飛んだ情報とかがいろいろ出てきたんじゃないですか? 「My Ixxx」のMVとか。
ドクソン:「My Ixxx」も衝撃的でしたし、私がいちばん惹かれたのはイベントでした。当時の研究員(BiSファンの呼称)のみなさんのつぶやき(投稿)の異様な熱量とか。それを追っていくのがすごく面白かった記憶があります。「リアルタイムで見たかった!」「惜しいことしたな」と。
――不合格になった時、どのようなことを思いました?
ドクソン:「もし受かったら……」と考えて、面白くなることを想像してわくわくし始めてたから、落ちた時はすごくショックでした。「また普通の生活になるの、つまんないな」って。
――その後は、どう過ごしていましたか。
ドクソン:「何かしたい」と思い始めてしまっていたので、手当たり次第にオーディションを受けた時期でした。




















