爆風スランプ、35年ぶりに“大きな玉ねぎの下”=日本武道館に立つ! 再集結のその先、新たなバンド物語の始まり

2026年8月11日、火曜日、祝日(山の日)、観測史上初めて茨城県に台風が上陸した日。爆風スランプが35年ぶりに開催した、日本武道館ワンマン『爆風スランプ 2026 LIVE at 日本武道館 〜歌え、大きな玉ねぎの下で』は、約8000人の観客を動員し、大成功に終わった。
デビュー翌年の1985年にレーベルから「日本武道館をやる」というむちゃな目標を立てられ、『嗚呼!武道館』というシングルを出したり、日本武道館をモチーフにした恋愛ソング「大きな玉ねぎの下で」を作ったりして(同曲はその数年後に大ヒットする)盛り上げに盛り上げ、その初の日本武道館を見事に満員にしたのが、41年前のこと(1985年12月13日金曜日)。以来、爆風スランプにとっても、ファンにとっても、日本武道館は特別な場所であり続けているので、2024年に再集結し、26年ぶりにツアーを行うことが発表になった時、「え、武道館はないの?」と思ったファンは、とても多かったと思われる。
そのツアーファイナルのLINE CUBE SHIBUYAのアンコールで、サンプラザ中野くんは、「爆風スランプ、大きな玉ねぎの下でやりたい。みんなの中高年パワーで俺たちをそこに連れて行ってください」と、オーディエンスに呼びかけた。つまり、このたびの、35年ぶりの日本武道館は、爆風スランプにとっても、ファンにとっても、まさに悲願の日だった、ということだ。

当日は、台風15号が本番中に関東地方に上陸、さらに台風とは別のトラブルで朝から東京メトロ半蔵門線の渋谷〜九段下間が止まっていて、九段下の駅をおりて坂道を人の流れ追い越して行くことができない(ただし、東西線と都営新宿線は下りられました)というアクシデントもあったが、にもかかわらず、中野くん曰く「ほぼほぼ満席」のオーディエンスが集まった。
なお、入場時に、観客全員に「ペラペラ アホになるスリッパ」がプレゼントされた。爆風スランプ初期のライブにおける死ぬほど盛り上がる曲でありながら、正式な音源リリースはいまだされず、初期以降演奏されなくなった「ほら、アホになる」がこの日本当に久しぶりにライブで披露されることと、その時にこれを使ってほしい=「口にくわえてほしい」ということを、予告した形である。
1980年代のヒット曲が次々とかかる開場中BGM(沢田研二「TOKIO」、聖飢魔Ⅱ「蝋人形の館」、PRINCESS PRINCESS「M」、WINK「淋しい熱帯魚」、アン・ルイス「六本木心中」などなど)が終わり、小泉今日子によるオープニングナレーションを経て、「嗚呼!武道館」を登場SEにしてスタートしたライブは、1曲目から「大きな玉ねぎの下で」。中野くんが1コーラス歌い終わったところで、曲終わりまで待ちきれないオーディエンスが大拍手を贈る。
同曲を歌い終えた中野くんは、大きく両腕を広げてから、深々と、長々とお辞儀をした。そして「無理だ!! (You Can not Do That)」と「えらいこっちゃ」の2曲で、ステージの上も下も、一気にブーストがかかる。

「お帰り、ただいま、おめでとう! 爆風スランプ、35年ぶりのご帰宅でございます。調べました、日本のロックバンドで35年空けて武道館をやるのは、たぶん、私たちが最初です!」と中野くん。たしかに、ほかに例がないだろうな、と思う。
「ものすごい暑い日が続いているだろう、ということで、夏歌を集めてきました」というわけで、ここからの3曲は「ひどく暑かった日のラヴソング」「月光」「リゾ・ラバ -Resort Lovers-」という、1988年と1989年のシングル3曲。日本経済はバブルの絶頂、音楽業界はバンドブーム、爆風スランプは「Runner」リリース前後の時期の曲である。「リゾ・ラバ -Resort Lovers-」の後半の〈街で みかけたけど/声は かけなかったよ〉を、中野くんは〈武道館で みかけたけど/声は かけなかったよ〉と歌い、歓声を浴びた。
中野くん個人の日本武道館の思い出(初めてきたのは1978年のかぐや姫の再結成コンサート、次はその翌年に警備員のアルバイトでアリス)を語るMCを経て、サポートキーボードのジミー岩崎も含めてメンバー紹介をしてから、次は、ファンクラブで武道館で演奏してほしい楽曲リクエストを募った結果、1位になった曲を――と、中野くん。「それから」だった。1989年リリースの6thアルバム『I.B.W』の曲である。中野くん曰く「みんな、ライブでやらなさそうな曲を選ぶから」。ただし、この曲は2年前の再集結ツアーでも演奏されている。バンドにとってもファンにとっても重要な曲なのだと思われる。

1990年代の爆風スランプの最大のヒット曲である「旅人よ〜The Longest Journey」で、ステージが一度目のピークを迎えてから、中野くんとパッパラー河合が去り、バーベQ和佐田がMCをとる。「次にやる曲は、無理を言ってセットリストに入れてもらいました。武道館でひとつになって盛り上がるのは、この曲がいちばんだと。皆さまのお力をいただきたい!」と、「よいしょ!」のかけ声をみんなで練習してから、演奏=和佐田、ファンキー末吉、岩崎、ボーカル=末吉の3人で「坂出マイ・ラブ」へ。この曲から、ステージ後方に「BFSP」のサインボードが現れた。
続いては、“世直しマン”のコーナー。河合が歌う1994年リリースの10thアルバム『TENSION』収録の「世直しロックンロール」で、彼が扮するキャラクターである。「世直しを、するぞー!」「世のなか、狂ってると思いませんか!」「なんで今日に限って半蔵門線が止まるんですか!」「私の星ではロックンロールのリズムで世直しをするんです!」などと叫び、曲に入ってからもアジテーションしまくる。「私、世直しマンが最も嫌いなもの、最も憎んでいるもの、それは戦争なんです! 嫁姑戦争! 受験戦争! 惣菜戦争!(閉店間際のスーパーで値引きされる惣菜を巡っての戦争)」。曲の間奏では腕立て伏せ。で、曲が終わると「さらば!」と走り去ったが、ソデに消える直前に、ハデにすっ転ぶ。

「あの頃の中高生が、今、中高年!」という、2年前の再集結の時に生まれた合言葉を口にした中野くん、「その中高年のみなさんには当たり前なんですけど、平成生まれの方は、『あれ、このステージはスクリーンないの?』。ないんだよ! 昭和時代はそんなもん使ってねえんだよ! おまえら、このステージにどんだけ集中できるか、試されてるんだよ!」。みんな笑って拍手。たしかに、日本武道館に足を踏み入れた時は「あ、画面ないのか」と思ったが、開演以降、そのことをすっかり忘れていた。
ここからは、「勝負は時の運だから」で始まり、「勝負は時の運だから」に戻って終わるメドレーのコーナー、全7曲。2024年に発表した新曲「IKIGAI」と、今年7月にリリースしたミニアルバム『今こそ!爆風スランプ』に新録バージョンが入った「Brave Love, TIGA 2026」は、このメドレーのなかに織り込まれた。「Brave Love, TIGA 2026」ではステージ前方からスモークが吹き上がる。ここで、個人的に「おおっ!」となったのは、4曲目が「THE TSURAI」だったことだ。“むちゃで過激で型破り期”な初期と、“「Runner」で大ブレイク期”のあいだの“どファンク期”=1986〜1987年頃の時期にリリースしたシングルで、2年前のツアーでは演奏されなかった曲である。これより少し前にリリースされた「らくだ」や「ヤシの木かげ」なども含めて、“どファンクな爆風”も大好きなもので、うれしかったのだった。

そして、ステージにラッキィ池田とダンサー10人がゲストとして登場する。前回の爆風スランプの日本武道館、1991年5月7日に彼が参加して「東京ラテン系セニョリータ」(『今こそ!爆風スランプ』でも新録)のMVを撮影した、その再現を行おうという企画である。35年前と同じように、オーディエンスに丁寧に振り付けを教え、曲終わりに自分の座席を叩くように指示するラッキィ池田。8000人でこの曲を歌い踊ると、それでなくても明るい空気感だった日本武道館が、さらなる祝祭ムードになる。
で、曲の最後で、指示どおり、オーディエンスみんなが振り返ってイスを叩いているところで、いつのまにかステージの中央にいた小島よしおが、かがんで床を叩きまくっている――という流れで、次の「よしおと爆風の、ええじゃないか盆踊り〜武道館で編」になだれこむ。日本盆踊り協会の踊り子8名も浴衣姿で大いに花を添えた。なお、小島よしお、昼間に『トミカ博』へ出演してから武道館にきたそうです。8月6日から16日まで、有明GYM-EXでやっているんですね(調べました)。

「代表曲をやります、走る曲です、38年前の曲だけど、いまだにテレビでかけてもらえている。最も重要なのが各地の学校。運動会の練習でかけてもらっているから、子供たちに刷り込まれる、それが38年続いている。このなかには、学校教育関係者がいらっしゃると思います。これからも『あんな古い曲はダメだ』と言う新人の先生たちの声を封殺してほしい」――というMCでオーディエンスを大笑いさせてから、みんなにサビの歌詞の復習を求める中野くん。そんな手続きを経て、「外は台風!」「中は爆風!」という、この日生まれたコールアンドレスポンスから始まった「Runner」でのオーディエンスのシンガロング、すごかった。サビにさしかかるたびに、アリーナ&1階スタンド&2階スタンドから、怒号のような大合唱が響き、曲後半でのブレイクではその音量をさらに上回る。この曲の重要さも威力もわかっているつもりだったが、それであっても、鳥肌が立ってしまうような光景だった。
今だからリメイクして『今こそ!爆風スランプ』に入れた、「東の島にブタがいたVol.3」で、〈俺たちゃ 戦争やりたかねぇ〉とステージの上と下が声を揃えてから、ついにこの日のハイライト。「ほら、アホになる」だ。「このロックの聖地・武道館を、アホの聖地にしたいんだ!」と叫ぶ中野くん。曲の途中で演奏を放棄し、ペットボトルの水を浴び、何度もグッズのスリッパに水を注いで飲み干す河合。果ては、中野くん、河合、和佐田の3人とも、スリッパをくわえてステージを下り、アリーナを練り歩きながら演奏する。その末にステージに戻ると、3人で並んでヘドバンを、左、右、中央で繰り広げる。ステージ後方で末吉もスリッパをくわえて頭を振っている。
アウトロでは河合が長尺ギターソロを決め、中野くんは「武道館、アホの聖地になりましたー!」と宣言。曲が終わると末吉は前に出て、バンザイを4度繰り返した。そんな阿鼻叫喚の時間を過ごしてから、中野くん、今日を迎えられたことの喜びを言葉にする。「35年待たせて申し訳なかった! やっとできた! 感謝感謝でございます!」。さらに「爆風スランプは、終わらないです!」と、2027年にツアーを行うことを発表した。

そして、次の曲は撮影OK、拡散OKであることを告げてから、初期の爆風スランプを支えたキーボーディスト/アレンジャー、福田裕彦を呼び込んだ。この日本武道館公演を発表したら連絡があり、演奏参加を申し出てくれたのだという。というわけで、最後にもう一度、今度は6人編成で「大きな玉ねぎの下で」。「この曲のおかげで、勝手に武道館と強いつながりを感じていて、武道館にいちばん愛されているバンドだと思いこんでおります。またきっとここでできる日を楽しみに、我々も頑張っていきたいと思います、応援よろしくお願いします。それでは、歌え、『大きな玉ねぎの下で』」――中野くんは最後にそう言ってから、「心を込めて」とはまさにこのこと、と言いたくなるほどの、エモーショナルな歌を聴かせた。
2027年のツアーの詳細は、会場出口で配られたフライヤーで明かされるという段取りになっていた。2027年9月、10月に愛知、大阪、札幌、福岡、東京のZeppをまわる5本である。2024年のツアーは愛知2本、兵庫、東京の4本、2025年のライブはフェス出演1本で、今年2026年は日本武道館のみと思われた。しかし、年内に神戸と東京でのファンクラブ限定ライブも発表され、2027年は5大都市ツアー。つまり、爆風スランプは、ここから新たにスタート、ということだと受け取っていいと思う。それ以外の今後の動きも、楽しみに待ちたい。


























