小田和正「my home town」、平井堅「桔梗が丘」、エレファントカシマシ「地元の朝」……“故郷”を描いた名曲たち
「地元の朝」「18 ~eighteen~」「案山子」...子どもの頃や自身の出発点を思い出す楽曲
エレファントカシマシが2004年にリリースした「地元の朝」は、短編小説を読んでいるような気持ちになる楽曲だ。電車を乗り継ぐという移動手段、一年前よりも古ぼけて見える学校や実家に向かうまでの道のりなど、曲の主人公の行動や目に映る風景を頭に緻密に思い描きながら聴くことができる。久しぶりに地元へ帰ったとき、見慣れていたはずの街が以前とは違って見える感覚を経験したことがある人も多いだろう。〈「お母さん、この通り、元気にやっているよ/おまけに強い男だから僕は大丈夫さ…(云々)」〉とアピールしつつ、その裏側では立派な大人になりたいと願う二面性には、「親に余計な心配をかけたくない」という子どもなりの気遣いも感じられる。地元に帰れば、社会では“大人”として振る舞っている自分が、再び誰かの“子ども”になる。そんな帰省ならではの感覚まで、情景、心情ともにリアルに歌われている。
福山雅治の「18 〜eighteen〜」は、2009年リリースのアルバム『残響』の収録曲。学生時代の記憶、ホームタウン=“原点”をよみがえらせる瑞々しい青春曲だ。また〈「遠くへ」と想い馳せた18の夏〉からは、福山自身が長崎から上京した18歳の頃の心情も読み取れる。故郷から離れるとき、多かれ少なかれさまざまなものをそこに置いていくことになる。時には、大切な人との別れも必要になる。〈君を連れ去りたかったよ/君を奪えばよかったよ〉と名残惜しさを感じながら、それでも将来のために自分の道を選択する姿は、共感性が高い。帰省とは故郷へ戻る行為であると同時に、かつてそこから旅立った自分を思い出す機会でもある。「18 〜eighteen〜」を聴きながら地元へ向かえば、今の自分につながる出発点を振り返りたくなるかもしれない。
最後に紹介する、さだまさしの1977年リリース曲「案山子」も親の温かいまなざしが感じられる楽曲。〈元気でいるか 街には慣れたか 友達出来たか/寂しかないか お金はあるか〉には、我が子をいつまでも小さい子どものように見ている親の気持ちが表されている。子どもからすれば、そうした親の気持ちは、照れ臭さからどこか煩わしく感じる時もあるだろう。そこにある深い愛情に子どもが気づくのは、もう少し年齢を重ねてからなのかもしれない。また、大人になって離れて暮らすとなると、親には子どもの日常が見えない。だからこそ「元気でいるか」「寂しかないか」と一つひとつ確かめるような言葉が並んだのだろう。同曲は、離れているからこそ生まれる親子の距離感と変わらない愛情を丁寧に映し出している。
今回紹介した5曲は、故郷を懐かしむもの、地元へ帰る道のりを描いたもの、故郷から旅立った日の記憶を振り返るもの、そして離れて暮らす親子の思いを歌ったものと、その視点はそれぞれ異なる。ただ、各曲に共通しているのは、故郷が単なる生まれ育った場所としてだけではなく、自分が歩んできた人生や大切な人との記憶と結びついた場所として描かれていること。長く聴き継がれてきたこれらの楽曲が、故郷を見つめ直すきっかけになるかもしれない。長い移動時間のお供に、“自分にとっての故郷”を思い浮かべながら聴いてみてはいかがだろうか。


























