きゃりーぱみゅぱみゅ×木村ミサ、「KAWAII」はなぜ世界に広がった? “なりたい自分になれる”原宿の文化と価値観の今

木村ミサ×きゃりーぱみゅぱみゅ 特別対談

 アイドルプロジェクト・KAWAII LAB.の総合プロデューサーとして活躍する木村ミサ。 そして、世界に向けて原宿カルチャーを発信するアーティスト・きゃりーぱみゅぱみゅ。ともにアソビシステムに所属しているだけでなく、ファッション誌の読者モデルからキャリアを始めたこと、それぞれの立場で“KAWAII”を発信していること、子を育てる母親であることなど、両者には多くの共通点が存在する。

 リアルサウンドでは、アソビシステム所属タレントが一堂に会するミュージック&カルチャーフェス『ASOBIEXPO 2026』が8月18日に開催されることに合わせて、両者による特別対談を企画。出会いから現在に至るまでの交流、互いの活動から受ける刺激や原点である原宿への想い、母としての仕事との向き合い方まで、幅広いテーマで語り合ってもらった。(編集部)

「こういう関係になれると思ってなかった」ーー出会いから現在まで

きゃりーぱみゅぱみゅ×木村ミサ
きゃりーぱみゅぱみゅ×木村ミサ

ーーお二人は2000年代後半、ファッション誌の読者モデルとしてキャリアをスタートされましたが、出会ったのはいつ頃だったのでしょう?

きゃりーぱみゅぱみゅ(以下、きゃりー):出会いは16、7年ほど前で、雑誌『Zipper』の撮影だったと思います。私がその雑誌に載る前からミサミサ(木村ミサ)は誌面で活躍していて。撮影ではみんな同じ部屋で着替えるんですけど、まだ私が慣れていない頃に、ミサミサが優しく話しかけてくれました。

木村ミサ(以下、木村):そのとき、きゃりーは高校生だったよね? 

きゃりー:そうだね!

木村:撮影のときにケータリングでお菓子とか軽食が用意されているんですけど、きゃりーがじゃがりこのサラダ味を食べてて。「それ美味しいよね」と声をかけたら、きゃりーが「これで野菜を摂取してるんです!」と言ってて。

一同:はははは!

木村:この子、めっちゃおもろい! と思ったのが最初の印象。ただ、きゃりーはそのときから超がつくほどの人気者で、元々存在は知っていたから『Zipper』の撮影で一緒になれて嬉しかった。

きゃりー:出会ったときから優しかったし、接しやすくて。私は高校生のときからミサミサを姉御として見てた。

木村:いやいやいや(笑)。

きゃりー:『Zipper』のほかに『CHOKi CHOKi GiRLS』という雑誌があって、表紙のポスターや広告が街のいたるところで張り出されていて。私も表紙を務めさせてもらいましたけど、それより前にミサ先輩は表紙を任されていたし、自分にとっては“憧れの人”みたいな感じで。撮影中もいっぱい喋ったよね?

木村:うん。周りのみんなが仲良かったので、きゃりーとも自然に打ち解けていった。より話すようになったのは、私がアソビシステムに入ってからだね。きゃりーが先に所属していたので、「どういう事務所なの?」と事前に教えてもらったりして。私が入ったときは、まだ所属タレントが少なくて。今、事務所の新年会を開くとなったら、大きい会場を貸し切ってパーティーというかイベントみたいになるんですけど、その当時は焼肉屋さんにみんなで集まったり、社長のお家でご飯を食べたりして。わりとホームパーティーに近かったので、距離が今よりも近かったですね。

きゃりー:最近は現場で会うことはあったものの、ゆっくり話せる機会がなくて。2年前の新年会で久しぶりにお話できて、2人で子育てトークをした。

木村:きゃりーが出産して間もなかったんだよね。

きゃりー:子どもが産まれて半年経たないぐらいで、まだ育児にも困惑していて。どうやってこの大変さに立ち向かったらいいんだろう、と思ったときにアドバイスをくれた。

木村:仕事に復帰するくらいのタイミングだったよね? だから「仕事と育児の両立はどうしてる?」とか「誰かに預けたりしてるの?」とか。

きゃりー:面白いのが、たまたま同じ保育園の見学に行っていたんだよね。

木村:そうそう(笑)! お互い保育園探しのタイミングが一緒だったから、「どこがよさそう?」とか気づけば子どもの話ばかりしてた。あと、事務所のイベント(『ASOBIEXPO HAWAII 2026』)でみんなでハワイにも行ったね!

きゃりー:同じ子連れチームのエリアに、ミサミサの旦那さんとかうちの夫もいて。そこでミサミサの旦那さんのパパっぷりを見て、(葉山)奨之くんと一緒に感動した。旦那さん、かなりの子育てでき夫だよね。

木村:ハハハ、私も感動したよ。きゃりーと奨之さんの連携がすごくて、旦那と話してた。

きゃりー:それこそ『Zipper』のときは、こういう関係になれると思ってなかった。お互いに子どもが生まれて、家族みんなで一緒に過ごせる日が来るなんて想像できなかったよね。

ーー長い付き合いを経て、お互いをどんな存在だと感じていますか?

木村:きゃりーはずっとキラキラしていて、“スター”という言葉がしっくりくる存在です。カリスマですし、きゃりーが作り出すものは彼女にしかできないもの。話せば話すほど面白いし、本当に興味深いです。何より1人で活動してることがすごい。いろんな人たちがいる中で代わりがきかない存在感を放ち続けているのは、きゃりーだからできることだと思っています。

きゃりー:先ほども言ったように、ミサミサは頼れる姉貴ですね。相談にのってくれて、こっちに寄り添って話をしてくれる。だからこそKAWAII LAB.のみんなもミサミサについていきたいと思うんでしょうし、強力な組織ができているんだろうなって感じます。それに、ミサミサは活動の幅が広いんですよ。読者モデル、アイドルグループのむすびズムを経て、現在はアイドルのプロデュースをしてて。「どこまで行っちゃうの?」というか「次は何をするんだろう!?」って、この数年で改めて才能の大きさを思い知らされました。最終的にどうなっていくんだろう? とワクワクしながら活躍を見ていますね。

木村:私だけじゃなくて、KAWAII LAB.のメンバーもきゃりーのことが大好きで憧れてる。みんなにとっては事務所の大先輩ですし、目指すべき場所になっていると思います。それこそ2022年にきゃりーは『コーチェラ』(アメリカ・カリフォルニア州インディオで開催される世界最大規模の音楽フェス『Coachella Valley Music and Arts Festival』。きゃりーは同年4月16、23日の2日間、GOBI STAGEのトリを務めた)に出ていて。FRUITS ZIPPER結成前のメンバーと私で事務所に集まって、リアルタイムでライブ配信を観ていたんです。きゃりーのパフォーマンスがあまりに素晴らしくて、感動して泣いてる子もいた。「私たちもきゃりーさんのような、キラキラした人になりたい」と言っていて。グループが現在のような状況になると想像していなかったときに、明確な目標を立てる大きなきっかけをくれた存在です。

ふたりが考えるお互いの功績、母になっての変化

ーーお二人はこれまでに、音楽はもちろんのこと、価値観やファッションにおいても世間に大きな影響を与えたと思います。お互いの功績についてはどう見ていますか?

きゃりー:まず、『情熱大陸』(2026年2月15日放送)に出ているのがすごい! お子さんと過ごしてるシーンもありましたけど、子育てをしながら過密なスケジュールの中で、いろんなプロジェクトを動かしてるのは、とてつもないことだと思います。しかも、最近はつんく♂さん、秋元康さんとも対談していて。ミサミサはそこの領域まで行ってるの!?って。飛躍ぶりに驚きますし、私も頑張らなくちゃと刺激をもらってます。

木村:きゃりーは、KAWAIIカルチャーや原宿の価値観を世間に広めてくれた人だし、「原宿ってこういうことだよね」「アソビシステムって、こんなカルチャーだよね」と提示してくれた。私はアイドルとしての表現をしていますが、そのスタンダードを築いてくれたのはきゃりー。基盤があったからこそ、今日まで頑張ろうと思えました。KAWAII LAB.にとって、本当に大きな影響を与えてくれています。それは活動をすればするほど感じますね。

きゃりー:ありがたい言葉過ぎます!

木村:母になってからも、変わらず活動してることも素敵だなと思ってて。

きゃりー:ハワイでは子持ちのスタッフさんを交えて、みんなが大集合する場面もあって。そこで「どうすれば子どもを育てながら、働きやすい体制を作れるか」と作戦を練ったりして、みんなで前向きに考えていけるのがとってもありがたい。

ーー結婚して母親になったことで、独身時代と働き方は変わりましたか?

木村:優先順位が自分じゃなくて、第一に子どもの生活がベースになっていて。そこから自分の仕事を組み立てています。独身時代って自分の好きなことを積極的にできたし、もっと自由に「あれやりたい、これやりたい」でバーっとなりふり構わずに進められたけど、やっぱり守るべきものがあるからこそ、その範囲が決まってる。家族という基盤がある上で自由にやれることを見つけるようになったから、いい意味で目線が変わりましたね。

きゃりー:ミサミサのおっしゃる通り、私も優先順位が我が子に変わりました。私は31歳で出産したんですけど、逆に31年間は自由にやりすぎたなって。

木村:めっちゃわかる(笑)!

きゃりー:自分のために好きな服を着たり、気軽に友達と遊びに行ったりと、思う存分好きなことをしてきたから、ここからのライフステージは我が子の成長を見届けられたらいいなと思います。それにうちの子はライブが好きなんです。最近は「チェリーボンボン」を歌ってくれるぐらい、「きゃりーぱみゅぱみゅの音楽が好き」と言ってくれていて。そのおかげで「この子にも自分が歌う姿を見せたい」と、ライブをする意味が増えた。これまでは自分が表現したいこと、ファンの方のことを考えていたんですけど、そこに新たに自分の家族も入ってきて。より良い形で進化できた感覚があります。

木村:そうだね、私も頑張る糧が変わった。「自分のために」というより、家族の幸せのためとか、自分の生きがいが別にできたから、より一層仕事を頑張ろうと思えるようになった。それまで仕事で行き詰まったときは、どこかへ遊びに行って気持ちを切り替えていた。それが今は、家に帰って子どもと会うだけでリフレッシュできる。自分にとっては、それがすごく良かった。仕事から帰ったら家のことをしなきゃいけないし、子どものことを考えなきゃいけない。やることが変わったからこそ、生活にメリハリがついて仕事がしやすくなりました。

ーーきゃりーさんの楽曲をお子さんも好きになったり、『情熱大陸』でも映っていたように木村さんのお子さんがKAWAII LAB.のメンバーを好きになったりと、子どもたちが母の仕事を魅力的に感じているのは素敵ですね。

きゃりー:それは“この時代だから”というのもきっとあって。10年前に出産していたら、現場にも連れて行きづらかった気がします。それを強く感じたのが、NHK Eテレの『えいごであそぼ Meets the World』。私はレギュラーで出演しているんですけど、産休に入る前はお腹の膨らみがわからないように、ちょっとボリュームがある衣装を着させていただいて。産休中はマスコットになって登場したり、そういった工夫を考えてもらえたことが嬉しかった。これまでなら、いつ復帰できるかわからないから、降板になってしまうケースもあったかもしれないですけど、みんなが働くお母さんを支援してくれている。事務所も含めて、皆さんの心配りにめっちゃ甘えさせてもらっています。

木村:戻る場所を作ってもらえているのは、今の時代だからこそ、どこに行っても感じるよね。アソビシステムは働くママをサポートするのは新しい取り組みのはずなのに、周りの方々が快く対応してくれた。事務所にベビーサークルを置いてくれたり、子どもと移動しやすいようにスケジュールを組んでくれたり。ほかにも社員の方々が一致団結して子どもを見てくれたり、ハワイのときにはみんながシッターさんのような動きをしてくれて。

きゃりー:うんうん! すっごく助かりました。社長は出会ったときから「きゃりーが結婚して子どもを産んでも、ちゃんと活躍できる環境を作りたい」と言ってくれていて。当時は19歳くらいだから、全然ピンと来てなかったんですよ(笑)。いざ自分がそうなったときに、本当に働きやすい状況を用意してくださったから、カッコいいなと思いました。

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